犬現
明日香さんの登場で両面宿儺の顔がこわばる。
「ほう、鬼神両面宿儺か……こんなところで出会えるとは思いもしなかった。三面六臂の阿修羅は元気か?」
阿修羅? 最上級の鬼か? というか両面宿儺と初対面じゃないのね。
「人間め……気安く話しかけるな」
「いやいや、両面宿儺様も結構消耗しているようで、東京なんぞで青春エネルギー食いとはへまをしたな……今度は殺すぞ」
空気が震える。自然と明日香さんと両面宿儺に目がいく。これからどんな戦いが始まるんだ……。
「来い! 鬼ども!」と両面宿儺が言うと鬼が地面から現れる。
十体もの鬼が湧き出てきた、そのどれもが上級だと伺える。
「部下にわたしを止めさせる気か? また逃げるのか?」
「いま貴様を相手にしている余裕はないのでな」
「逃がすと思っているのか?」
明日香さんは両面宿儺に肉薄しようとするが、上級の鬼が割って入る。
そして、両面宿儺はなぜかおれの方を向いて、
「さらばだ、犬夜叉。《《次はどちら側につくかだ》》」
と言い残して、両面宿儺はどこかへ消えてしまった。
最上級の鬼が怯えるほどの実力って、明日香さんどんだけ強いんだよ。
「あーあ、逃げられちゃった。この落とし前は貴様らが取ってくれるのだろうな?」
上級の鬼たちは身構えた。
「十匹の上級の鬼か……めんどくさいな」
明日香さんはそう言ってから紋羽織りをおれに預けてきた。こんな場所で明日香さんの実力を知れるとはありがたい。だが相手は十体もの上級の鬼だ、最強はどこまで余裕でいられるのか。
「オメガ階級因子は成長と共に姿を変える」
と、明日香さんは懐にしまってある短刀を取り出した。
「少年少女よ、よく見ておくといい。これこそがオメガ階級因子を育てるに価する力だ!」
明日香さんは短刀を構えて、
「――犬現、跖狗吠尭之法印」
そう言うと、明日香さんから黄金の光が放たれる。
「犬現、それ即ちオメガ階級因子の真骨頂」
黄金に光る衣は明日香さんを犬のような形で纏った。
なんだ……この感じ。自分の中の犬因子が怯えているのか? 明日香さんの犬因子に震えているのか?
「来い鬼ども! 成敗してやる」
十体の上級の鬼は明日香さん目がけて突っ込んできた。
明日香さんは鬼の攻撃を避けようとしなかった。鬼どもの攻撃が明日香さんにヒットするが……
「アルファ階級因子、防御型弁才天、最強の鎧の前では攻撃なんぞ赤子の手同然なり」
明日香さんは十体の上級の鬼相手に汚れ一つ付かない。火力の高い遠距離型の鬼でさえ明日香さんの服に汚れ一つ付けられない。
「鬼ども、わたしがなんと呼ばれているか分かるか?」
「貴様、まさか……」「――万天尭犬!」
「おやおや、わたしも有名になったものだな」
上級の鬼たちは一歩下がった。
「どうした鬼ども! 十匹集まってその程度か!」
十体もの上級の鬼を前にして圧倒的な差を知らしめる明日香さんこそ鬼神だ。
「すげぇ」とおれはつぶやいた。
これがオメガ階級因子の到達点。これがドッグズ最強の力量。
「少年少女よ! 君たちにはわたしを超えてもらいたい!」
ははは……冗談言うなよ。上級の鬼相手に話す余裕があるなんて化け物以外の何物でもない。
「鬼ども! 来ないならこっちから行くぞ! ――アルファ階級因子、攻撃型吉祥天」
そう言った明日香さんは上級の鬼たちの元へ突っ込んでいった。
おれは最後まで明日香さんの動きを見ていたけれど、目で追うのもやっとだった。
まばたきしている暇もなく上級の鬼たちは核を破壊されていた。
スッと犬現を解除する明日香さんはおれと比渡のところへ戻ってきて、
「はっはっはっ、どうだ少年少女よ! これがわたしの実力だ!」
大笑いをしてそう言った。
「明日香さんって化け物ですね」
「正直、超えられない壁のように感じました」
おれと比渡の感想は同じようだ。
明日香さんを超えるなんてできるはずがない。最上級の鬼でも逃げることしかできないこのヒトを超えることが出来るのか?
「どれ、君たちの服も精神はボロボロのようだから今日はパトロール終了だ! 戻ってミサちゃんにパトロールを任せるぞ!」
と、おれたちは事務所へ戻った。
今回のイレギュラーで、おれはまた覚えることが増えたようだ。




