現代「辺田イザキと伊崎先生」
「彼女とヤエミの反応は、まさに我々の思い描く進化の形そのものだったの。相手の遺伝子をコピーし、それを自分の力に出力する。どんなインクにも対応可能な印刷機ってとこね。私ね、家電量販店好きなの」
雨呑研究所の会長と自身を宣う婦人が笑う。
俺は、ベットの奥で気持ち悪さに耐えながら震えていた。
「嘘つきめ」
「あら、私ほんとに好きよ。家電。特にパソコンが」
「そんなことじゃない」
婦人は食えない笑みを浮かべた。
「嘘なんて、私はついていないわ。どちらかというと、そちらの方が嘘まみれって感じ」
俺の人生は、ごくごく普通の一般家庭だ。感染症で侵された世界だったとしても、父に愛され、大学まで進学できた。それからは感染症で世界が混乱し、人が人でなくなり、社会が機能しなくなった。だが、俺の人生は祝福された愛のあるものだったはずだ。
「仮に、俺の父が、辺田巳里が、俺に何らかの嘘をついていたとして。あんたはそれを全て承知していたのか」
「部下のプライベートには首を突っ込まないの私。良い上司でしょう」
伊崎先生、と婦人が笑うと怒りではなく気分が酩酊して悪くなった。
本当に今聞かされた話にはなんの覚えもない。今まで生きてきてデジャブのひとつもなかったが、この話を聞くと言い知れない混沌が胃から沸き上がる。
「俺の人生はなんだったんだ」
「それを知りにここにいらしたんでしょう」
俺は段々と縮む体を前に、父も樫木になって染まった今、どうしても自分の母と言われる人物に会いたかった。その言葉すらも方便かもしれない。父の笑顔が、今はうまく思い出せない。
俺はなぜ生まれたのか。それだけが知りたくて歩いてこの村にきた。
「聞かせてほしい」
「目をぱっちりと開けておきなさいよ」
『3月28日 朝はいい。いってらっしゃい、父さん』
その文字からは、朝日の白い光と煌めく水平線の景色、そして硝煙の香りがした。




