現代「イサキとイワサ」
イザキは考えていた。
真に迫る言葉の数々、脳裏に浮かぶ情景。まるで体験してきた本人が語っているかと錯覚させた。そして同時に薄気味悪さも感じていた。
「あんたは、イワサさんか」
剃髪の穏やかな顔の男性が、ゆるりと寝具の傍の椅子に座る。
「よくわかったな。今まで語り聞かせてきたやつらが上手いことやったんだろ」
「あいつらの話は、気持ち悪いぐらい、それこそリアルすぎだ」
「最新のVRだな」
イワサはからからと陽気に笑う。白杖を持つ姿は視覚障碍者を思わせたが、歩く姿勢、話の聞き方から妙な違和感を覚えた。
「あんた、目が見えないのは嘘か」
イワサが苦笑すると、扉が開き大男が現れた。
「は、ムカつくぐらい似た顔だな」
大男は冷笑を浴びせ、水の入ったボトルを机の上にぞんざいに置くと去って行った。
「今のは」
「気にするな。ヤツめ、ボトルぐらい開けてくれたっていいじゃないか」
イワサはガラス瓶の蓋をたどたどしい手つきで開けていく。見兼ねたイザキが手伝うと、子気味良い音を鳴る。
「あの、あなた達は本当に何者なんですか」
だいぶ動くようになった手でボトルを傾けグラスに注ぐ。
「俺たちは、俺たちさ。話の続きを聞きたいかい」
「そりゃもちろん。でも、貴方は目が」
イワサは頭をかき、日記をイザキに渡す。読め、ということだ。
「2022年3月10日」
たどたどしい手付きでボトルに触れるので、見かねてイザキが手伝った。ボトルの口からコップに注がれる透明な液体が、魚のように躍ってコップに注がれていく。
「あの、この水って」
「汚染されていたのはだいぶ前だ。気にせず飲め」
イザキだけでなく、ここ十年以上安心して何かを口にできた者はいない。しかし、イワサのことを信用して口を付けた。新鮮な潤いが喉を満たす。
「おいしい」
水を飲み干す。
「水はいい。いいもんだ」
イワサは日記帳に手を伸ばし、ページを触っては捲るを繰り返した。そして、白いページに強く書きなぐられた黒いページをあけて渡す。
「2022年 3月10日 陸地にいけない」
そこには10日から約5日間は同じことが書かれており、様々な行き方が書かれていた。しかし大体がドリーに発見され、また限界まで働かされて気を失ったのか「疲れて寝てしまった」と翌日に書いた跡が残っている。
「コトは、乾学生との約束は果たせなかったんですか」
「あの時は八城が班長になってから、体制がだいぶ変わっちまってな。島間運搬は八城が仕切ることになって、コトちゃんはだいぶ焦っている風に見えた」
「母は、本当にこの世界に感染症をばら撒いた張本人なんでしょうか」
今まで話を聞いてきて、イザキの内心にはだいぶ変化があった。父の辺田から聞いた印象とは異なる。コトは、単なる研究所の従業員で、母の行方を捜す子供だ。どうも感染症の根源とコトが結びつかない。
「君が辺田から何を聞かされたかは知らんこっちゃないが、俺は君が無事にこの村に辿り着いてきてくれて嬉しいよ」
イワサは感慨深げに頷く。
「父を知っているのか」
「さあ、日記の続きを読もう」
「待てよ。父を知っているのか」
推し進めようとするイワサを制した拍子に、コップがぐらつく。それを機敏な動きでイワサは掴んで直した。
「君だってこの話の続きが気になるだろ。コトちゃんはあれからどうなったか、乾学生や鈴来老人、ミツハちゃんに伊崎先生は」
どうなってしまったのか。
伊崎先生。俺と同じ名の男。彼の話を聞くとどうも心臓に悪い。
「知りたい」
「うむ。話は変わるが、君のフルネームは辺田イザキなのかい」
「そうだ。父から養子縁組にしてして頂いた」
「ふ、そうか。もう役所も機能していないだろうから、データベースさえ残っていたらこのあと確認してみるといい。辺田の戸籍に自分がいるかをな」
イワサは不敵に笑うと、日記の一文を指し示した。
『2022年3月15日 島には行けそうだが、まずいことになった』




