2022年3月9日「ドリーと彼の告白」
「ドリー、ドリー」
島間作業のカートを押しながら、出入り口の警備室を覗いたが誰もいなかった。ついに入り口のドリーも消えたかと思ったところ、草むらに落ちているものに気づき拾い上げた。
バールだ。工場作業の時によく見かける。
その先端に付着した鮮明な赤色に驚き、思わず手を離す。
「なにしている」
振り返れば入り口のドリーがいた。しかし、一日も経過していないのに顔つきのやつれたこと。立派な風体も猫背になり、みすぼらしい。
「ドリー、これ見つけたんだけど」
素直に先端の赤いバールを掲げる。コトもこの赤が塗装ではなく、鼻につく錆びついた匂いから正体がわかっていた。
「ああ、俺のだ。悪いな、どこにあったんだ」
コトは伸ばされた手を躱す。
「なにか隠してるだろ」
ドリーの目が暗くなる。
「隠してなんか。人聞きの悪い。お前が見ないふりをしているだけだ」
「出口のドリーはもう戻ってこないのか」
ドリーは何も言わない。
「あいつはなにかと突っかかってくるし、一言多いし、陰気な奴だけど。仕事に真面目なやつだったよ。二年間一緒に働いてきたからふっといなくなるのは、やっぱり寂しいよ」
バールを掴む手に力がこもる。ドリーの目が揺れると、眉間を抑える。
「違う。逆らうのが、怖かっただけなんだ」
ドリーは項垂れると、バールを受け取る。
「このバールは一体」
「今から俺が言うこと、信じなくてもいい。ただ聞いてろ」
彼の口から漏れた言葉は、到底信じられないような話だった。
俺は、入り口のドリーを食った。




