現代「イザキと父に似た男」
暗い室内を蛍光灯ランプが照らす。揺らめく光に脳内が沈みながらも、イザキは語られる物語に耳を澄ましていた。
「だいぶお疲れのようだね」
優しげな声に瞼を大きく開けると、そこにいた男性をまじまじと見た。
「父さん。信じられない。俺ですよ」
上擦った俺の声に、男性は戸惑っているようだったがはやる気持ちを抑えられなかった。
俺の目の前にいる人は正真正銘、俺の父そのものだったからだ。年老い、感染症で樫の木になる前の父。
「落ち着きなさい、君は今混乱しているんだ」
「この村にいらっしゃるなら、言ってくれたら良かったのに」
「私には娘しかいないよ」
男性がそういなすと、俺の中の興奮が急激に冷めていくのを感じた。
「そうですよね。父は目の前で、木に」
口に出しても実感がわかない。病気で伏せていた父が、ある日訪れたら一本の木になっていただなんて。感染症にかかった人間は姿かたちが変わる。人は人でいられなくなり、体の一部が変形して戻らないなんてこともあった。
落胆するイザキの顔を、男性は興味深げに見ていた。イザキもその気配を察する。
「すまない。ミツハちゃんやドリー君からは色々聞いたんだが、辺田巳里がお父さんなんだって」
「父をご存じなんですか」
男性は複雑な表情で頷いた。
「そうだね、だいたい。雨呑研究所には私もいたから」
聞き慣れた施設名と父の名にイザキは顔を緩ませた。
「はい、父も雨呑にいました。研究熱心で、優しい、俺にとって自慢の父でした」
「立派なお父さんだね」
イザキは男性を見る。昔父の写真を拝見したことがあるが、その時の若かりしときの顔つきにとても似ている。
「やっぱり他人の空似には思えない。お名前は」
男は顔を隠す。
「聞いても、きっと信じない」
「では、ここにいる間だけでも。父と、呼んでも構いませんか」
「それはやめてくれ。俺にはそんな資格なんてない」
男は額を覆ってめそめそ泣き始めた。ひとしきり泣き終わると、棚に置いていた日記を開いた。
「すいません。顔を上げてください。俺が無茶を言いました」
「いいや、気にしないでくれ。俺が悪いんだ」
『2022年 3月9日 体が痛い 黒髪 どうなってしまうのだろう』




