5、侯爵家にて
なんか暗い話ですみません、、
よろしくお願いします!
モンテ・・・違う。モント侯爵家へ出かけるための支度が始まった。
紺色に白い繊細なレースの衿が印象的なドレスをクロエは持ってきてくれた。
丁寧に香油を髪に塗って梳かしつけ複雑に結う姿は、鏡越しでずっと見ていても飽きない。
お化粧は控えめで、眉を整え白粉を少しと口紅を少し。
「はい『バッチリ』です」
「ありがとうクロエ」
なんかよくわかんない言葉を使うクロエは、本当にあの物静かなクールビューティーとは思えないけど、まあいいか。表情が明るいからきっといい事なんだろう。
モント侯爵家へは伯爵と二人で行くことになっている。正直、暴力を振るう伯爵は怖い。
けど父親だし、美味しい食事も食べさせてくれる。スパルタ淑女教育もなんだかんだといって無駄にはならないだろう。施しに見返りはあるものだ。
皇帝陛下の皇妃や愛妾は無理でも、有益な結婚先があればどんな相手でも従わなくてはならない。
モント侯爵夫人が私に会いたがっているっていうのはどういう意味かわからないけれど、スパルタ淑女教育の成果、見せ所だ!
執事に案内されて玄関に停まっていた馬車へと乗り込むと、すでに伯爵が進行方向側に座って待っていた。私の方に目を向けることなく杖を握っている。
何か言われる前にサッと乗り込み、伯爵と反対側へと座った。馬車は問題なく目的地へと動き出す。小気味の良い、馬の蹄の音は軽快で。規則正しい音に身を任せて私は目的地、モント侯爵家まで目を閉じた。
やがて到着したモンテ・・・ちがう、モント侯爵家だ。
馬車の中で寝かけた・・・とか伯爵にバレなかっただろうか。うつら、うつらして夢心地だったのだけど。
馬車から降り立ち、ふと見上げると豪奢な屋敷が建っていました。うん、貴族のお家ってピンキリだよね!
侯爵家の執事に案内されると、そこは広い応接室だった。調度品も屋敷同様、豪奢。もう一言でしか語れない。なにせ私の基準は母親の実家である男爵家なのだから。
だって、壁に飾られた絵も額縁も、何気に置かれた壺?も花瓶も!みんな豪奢な屋敷に相応しいのよって顔して収まっている。す、すごい。
あれ?
屋敷や部屋の雰囲気に当てられて気が付かなかったけれど、なんか伯爵、顔色悪くない?
「お待たせしましたわ」
扉が開いたと同時に、春の鳥のような女性の声がした。モント侯爵夫人だ。座っていたソファから腰を浮かせると侯爵夫人は目で座るよう制した。
「ようこそ、モント侯爵家へ。ようやく会えましたね、レティシアさん」
「・・・お目にかかれて光栄です、侯爵夫人」
「堅苦しい挨拶はけっこうよ。ああ、違うわ。あなたの挨拶が気に入らないわけではないのよ。本当に必要ないの。だって、あなたは侯爵家の娘なのだから」
へ?
「あら、その顔は伯爵から全く聞いていなかったようね」
「侯爵夫人、これには理由が!」
「理由ですって?そうね、確かに理由があるのならちゃんと説明していただかないとね。例えば、レティシアさんの頬の赤みとか」
思わず頬を手で隠すと、侯爵夫人の顔から微笑みが消えた。
「なぜかしら。なぜ、レティシアさんがバルバラ伯爵の娘になっていて、しかも乱暴に扱っているのかしら。わたくしには全くわからなくてよ。バルバラ伯爵、あなた説明できるのかしら?」
「いえっ・・・これは、あの、」
伯爵は青い顔をして魚のように口をパクパクしだした。
しかし、侯爵夫人は私のことを『娘』だと言っていたけれど、どういうことなんだろう。
「レティシアさん、突然言われて驚いたでしょう。レティシアさんのお母様ーージュリアはわたくしの友人。そしてあなたのお父様はモント侯爵当主アルベール・トラムクールです」
「じゃあ・・・伯爵は?」
「あなたと伯爵に血の繋がりはありません」
え、えええぇぇぇ・・・。
父親だと思っていたから暴言も暴力も我慢してきたのに⁈
何のために私を認知したの⁈
あれ、そもそも小さい時に男爵家に来ていたのは伯爵だったから父親だと思っていたし、確か男爵のお祖父様や叔父様もそう言っていたと思うのだけど・・・あれ?でも、お母様、伯爵のことを私のお父様だって言ったことあったっけ?
そもそも、伯爵とお母様はどんな話をしていたっけ?
疑問が次々と溢れ出た。でも答えを知るお母様はもうこの世にいないし、疑問の元の侯爵夫人の発言はどこまで信じていいかわからないし・・・。
ど、どうしたら・・・。
「レティシアさん、今夜からあなたはこの侯爵家で暮らしなさい。もちろん、よろしいわよね伯爵」
否を言わせない侯爵夫人の言葉はまさに命令。伯爵は返事もできずに首を垂れた。
私は侯爵家のメイドに手を添われ、ソファから立つよう促された。思いの外、私はショックを受けているようで、メイドが気遣わしげに背中にも手を添えた。
「ごきげんよう、バルバラ伯爵。後のことは夫からお話しいたしますので、こちらでお待ちになって」
侯爵夫人は冷たい声で言うと、伯爵を部屋に残して私と一緒に退室した。
「さて、まずは部屋に案内させるから少し休んでちょうだい」
「あの、本当に・・・ここに?」
「戸惑うでしょうけれど、きちんとお話しするから待っていて。まずは落ち着いて休んでちょうだい」
「はい」
侯爵夫人と別れて案内された部屋は客室のようだった。知らない部屋なのに、静かな森の中にいるような雰囲気で焦燥感が薄まっていった。
案内してくれたメイドがハーブティーを淹れてくれたので一口飲むと、よりいっそう心が凪いだ気持ちになっていった。
座り心地の良いソファに背中を預け、ため息をつくと扉がノックされた。
「お待たせしたわね、レティシアさん」
「侯爵夫人・・・」
「あら、自己紹介もしていなかったわ。わたくしはアマンディーヌよ。どうぞアマンディーヌと呼んでちょうだい」
「・・・はい、アマンディーヌ様」
「ふふ、あなたはジュリアに似ているのね」
「顔が、でしょうか?」
「そうねぇ・・・顔もだけれど、雰囲気かしら。しおしおとしているとより似ているわね」
ズバリ言う人だな。
そっか、私、今しおしおしてるんだ。
「自分では大丈夫と思うのですが、少しショックだったようです。その、伯爵が父親でないということが」
「バルバラ伯爵のことを父親と信じていたの?」
「ーーというか、その、周りにはそう言われていたので、信じるも信じないのもありませんでした」
「そう・・・。あなたの髪はジュリアと同じストロベリーブロンド。瞳の色はアルベール様と同じモント侯爵家の証の空色。間違いなくあなたはジュリアとアルベール様の娘よ」
とても。
とても嬉しそうに微笑んだアマンディーヌ様に違和感が湧き起こる。
だって、アマンディーヌ様の夫だよね、アルベール?様。その夫と私のお母様との娘って、アマンディーヌ様から見たら嫌な存在じゃないの?バルバラ伯爵夫人とか無関心だったけど、こんな風に私に対して微笑んだりしなかった。
「わたくしね、あなたが生まれたと知った時も会いたかったのよ?でもどうしても会えなくて・・・。迎えに行くこともできなくて。悔しかったわ。ジュリアの娘はわたくしの娘よ」
「えっと、母とは友人と先ほどおっしゃってましたが」
「そうよ、わたくしが娘時代に仲良くなったの」
まるで宝石箱を開けるようにアマンディーヌ様は笑みを深くして語り始めた。
ありがとうございます!