「ヴィネの憂鬱」〜魚影〜
我なるは地獄の36の軍団を率いる序列45番の偉大なる王にして伯爵である。
召喚者となる主には、我が悪魔の力を用いて秘められた事物や魔術師の存在を探り出し、過去・現在・未来について知りうる限りを教えよう。
命じられれば塔を建造するも、堅固な城壁を倒壊させるも、街の一つや二つ三つ河川湖水の水域あらば嵐を伴い荒れさせ襲う事も出来る。
これ等操りし悪魔なる我が名こそは ヴィネ。
本来は、ライオンの姿で黒馬に跨がり、手に毒蛇を持ち現れるのが通例であったが……
我が今、何故に茶毛猫の姿でココに居るかと言えば、我が主となった召喚者であるシズなる小娘の賢明なる判断によるものだ。
中々の知恵を持つ小娘・シズの話によれば、今この国でライオンが外を歩けば檻に入れられると言うではないか。
ならばその収監せしめし者共ごと葬り去れば良かろうと進言すれば、それをしては世が困惑する等と吐かす。
ライオンだけでなく人以外の動物全てを檻に入れる等という横暴な権力者が牛耳る世にあって、力による支配に力で返し混迷の時代にするつもりはないだのと吐かすその心意気には知恵を持つ者足り得る言葉として惹かれるものがある。
そお、知性だ。
小娘ながらも我を召喚するに相応しい知性を持ち合わせておるからこそに力を貸そうと思えて来るもの。
して今は、シズに命じられ江崎栗子なる小娘の警護に とんぼり界隈を警戒して練り歩いておる訳だが、これがまたややこしい事に栗子という小娘の中に眠りしアン……
まあそれはさておき、この とんぼり界隈というのがエラく雑把な街でありながら人の往来も多く、街明かりも多く栄えておるのに何処かスラムの様な雰囲気が漂う不思議な所でもある。
我がライオンの姿で人を喰らわんとすればスグにでも大勢の兵どもが囲み、多勢に無勢と諦めざるを得ないだろう程の民衆が寄り集まっておるにも関わらず、アホらしいまでの圧政に身を委ね、愚痴を吐いては呑気に酒に呑まれて川に嘔吐するばかり。
活気は有るが勝ち気は無く。
喧嘩はするが上には諂う。
ものの見事な権力従属社会でありながら、健気さを売りに屈する事なく無駄事に力を注ぎ、辛く悲しい表も裏も笑い飛ばして考えなさんな! と、ばかりにアホを称える街の会話は得体も知れず……
「ホンマ猫の手も借りたいねんけど、ホンマに猫の手使たら愛護協会に叩かれんでね! 動物愛護すんならワテ等人間も愛護せえっちゅうねんホンマ」
とか言いつつ、皿にミルクをくれる商店街の兄ちゃん。
「ほい、猫に小判やで」
と五円玉を放って来ては、他の物まで拾い集める頭パンチのオバちゃん。
「♪猫猫野良猫飼い猫も〜お前の額は何処にあるん?」
等と替え歌臭いの歌って撫でて来た後に
「こん位髪あったらエエのになぁ」
言うも、何処が額かも判らん頭ピッカピカのおっちゃん。
「私も猫舌やねんから喉火傷してん! アンタ焼酎言う漢字知っとるかあ?」
と嗄た声でツナ缶開けてくれるケバい姉ちゃん。
「ほれえ、お前これ好きやろ!」
言うて昼の残飯なのか自分の嫌いな物なのかをハンケチ言う布に包んだのを手にして近付いて来る路地裏の婆ちゃん。
他は毎日違う名前で呼んで来る記憶力の乏しいガキや小娘やスーツマンや警察官やと……
ワケのワカラン会話に翻弄される毎日にも、我も中々に猫としての生活が板に付いて来たように思えていた今日この頃な訳だが。
そのワケのワカランとんぼり人共の様子が今日はどうにも可怪しい。
落ちてる物を食ったとて、腹を下すようなデリケートさも無く
「便秘気味やから丁度ええわ」
とか抜かして平気で食らうような下世話な連中ですら、今日は自ら食べ物を溢しながら歩いているではニャいか……
否、むしろ良い物でも食らって腹どころか頭の方まで消毒されて中身スッカスカにされてしまったのではニャいかとさえ思える程に、アホみたいな顔してフラフラと……
まあ、普段とあまり変わらんが。
それでもニャにかが違うのだ!
何かは分からぬが、今日は朝から妙な胸騒ぎが止まぬ故、こうして繁華街の方まで見廻りに来たが相変わらずだな。
そこかしこの薄汚さが埋もれる程の派手な色した店の壁や看板や何やワカランもんばかり……
外壁に怪物並みの大蟹が動いているのに誰も捕らえようともせず
商店街で可笑しな格好したオッサンが旅行客の老若男女に写真を撮られ続け
杖を持った白髪眼鏡の老人の足に鎖を嵌め、これ見よがしに店先に立たせ
ビルの壁で巨大な男が24時間毎日走っているのかゴールしてるのか、昼夜問わずに光り輝き
夜中ゲぇゲぇ川に吐きながら歌い
何か嬉しい事でもあったのかゲロ吐いた川に飛び込んで
ここは人情の街や言うといて……
肩当たっただけで
「ドツき回すぞこんクソがあ!」
等と、飲み屋裏手の喧嘩に聴こえる怒号が夜にもなると
「ビール一杯で三万円て可怪し過ぎるやろ!」
「やかましわ! 飲んだんやから払うもん払えや!」
で、そんな中を警察官が制服で飯を買いに来ては
「アカン、コマイの無いわ、マケといてえ!」
と、払いもせずに走り去る。
そんなちんまいほっこりな日常が、今日は何だか皆ボケーっと……
――FUNYAAA――
って、汝はさっきからニャンニャのニャ!?
我の喉元を搔きよって……
エラく気持ちが良いではニャいか!
――GORORORORO――
汝が如きが我の背中をニャでるニャど……
――GORORORORO――
良きに計らえ。
続く!