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余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。  作者: 桐山じゃろ
第二章 後悔するもの
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7 まずは大掃除から

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……ごくん。

「お腹が空いたので、食事をしているだけです」

 口の中のものをよく噛んで飲み下してから答えると、お義母様……いえ、その女は全身をぷるぷると震わせ、こめかみに青筋を立てて叫んだ。

「どうして! お前が! 食堂で! 食事をしているのかと聞いているの!」

「食堂は食事をするところですよ。貴女こそ、食堂で大きな声で叫ぶなんて、礼儀知ら……」

「黙りなさい! 口答えは許さないわよっ!」

 私は稲妻の鞭を創り出して、その女の足をぺん、と打った。

「あぎゃっ!」

 この女にしろ、この女の娘にしろ、この程度で痛がり過ぎじゃないかしら。

 ひとには、脱がせた上で皮膚の上に直接、容赦のない鞭を散々入れてくれたくせに。

 こっちは頬を撫でたり、靴の上から軽くぺんってしただけよ。


 稲妻でできた鞭だから、感電するけど。


「ご馳走様でした。お手数をおかけしますが、今後もしばらくこんな感じで、胃に優しいものを作ってくださる?」

 美味しい食事を持ってきてくれた壮年の料理長にお礼とお願いを言うと、料理長は帽子を脱いで最敬礼した。


 うん、料理長はちゃんとしてるわね。




 食事が終わったので、早速書斎へ向かった。

 お父様が亡くなってからは、初めて入る。

 掃除も、この部屋にだけは絶対に入るなと言われていたの。


「失礼しま……あ、そうか。この家の主は私だったわ」

 家の主が、屋敷の中の何処へ入ろうと、咎められるものはいない。

 七年前の習慣がよく残っていたものね、私。


 感慨に耽ることができたのは、扉を開けたときだけだった。


 書斎は見るも無惨な様子になっていた。


 お父様がいたときは、本は棚に、書類は書類入れに、手紙は未開封と開封済みが分けられ、更に開封済みで処理の必要なものはまた別のトレイに乗っていた。

 どれだけお仕事が忙しくても整理整頓の手は抜かない人だった。片付けておいたほうが仕事がより早くできるからって。

 それが今や、本や書類の類は全て机の上と椅子とソファーと床に乱雑に投げ捨てられていて、何故か誰かのドレスや下穿きまで散らばっている。

 お父様が愛用していたペンはインク瓶に突っ込まれたまま、カチカチに固まっていた。


 机の上の書類を二、三枚ちらりと眺める。お父様から伯爵としてのお仕事を教われなかった私でも、それが借金や、良くないお金のやり取りの書面であることは理解できた。

 あの女、屋敷の「主」の座を奪ったくせに、正当な執務を完全に放棄していたのでしょうね。


「ノーヴァ様、お待たせしました……こ、これは!?」

「私が聞きたいわ。何この状況」

「ももも申し訳ありませんっ」

 私は別に、怒っているわけではない。部屋の惨状に、呆れてはいたけど。

 なのに家令は、魔物と相対したかのように怯えて後退った。

「貴方もこの部屋には入るなと言われていたのでしょう?」

 なるべく優しい声色で話しかけても、家令は真っ青な顔で書類を抱きしめたまま震えている。

 私はため息をついた。

 最初に侍女長を黒焦げにしてしまったのは拙かったわね。余計な恐怖を植え付けてしまったわ。

 私は指をくるりと回して、周囲に魔力を流す。

 まだ使い始めたばかりだから、そんなに細かいことは出来ない。

 それでも、本は棚へ、書類は机へ、要らないものは部屋の隅へ移動させることができた。

 本と書類は順番なんてぐちゃぐちゃだけれど、ひとまずこれで十分。

「座って。話がしたいだけよ。正直に答えてくれるだけでいいの、お願い」

 何度か宥めると、家令はようやくソファーに腰を下ろしてくれた。



「つまりあの女は、自分のものじゃないお金で買い物しまくった挙げ句、借金まで作ってたってことね」

「仰るとおりでございます」

 家令から聞き出した話は、ある意味想定内というか……まあまあ想像がつくものだった。

 だけど、あの女は更に最悪だった。

「それで、妾ですらないってことは、誰が聞いたの?」

「聞いたのではなく、調べ上げました。あのような蛮人が貴族であるのはおかしいと」

「妾でないって判明した時期は?」

「つ、つい先日で……」

「私は『正直に答えて』と言ったわよ」

 家令をじっと見つめると、家令はまた顔色を青くして、首を横に振ったり縦に振ったりしはじめた。

「ももも、申し訳ございません! 申し訳ございませんっ!」

「謝罪が聞きたいんじゃないの。何時わかったの?」

「あの女が屋敷にやってきて、一年ほど経った頃です……」

「ふぅん」


 我が家は伯爵家にしては、財産が多い。

 歴代の伯爵が積み重ねてきたものを、父は「領民に何かあったときのために」と、貯め込む方向へ舵を切ったのだ。

 それでも、家令をはじめ使用人たちへの給料は、他の伯爵家に比べて多かったはずだ。

 だというのに、使用人たちは「更にお金を貰える」と踏んで、あの女の口車に乗り、私を蔑ろにして、伯爵位の実権を握った。

 実際は実権を握るどころか、正式な爵位譲渡の書類も通っていなかった。

 書類が通らないと知ったのが、この家に来て半年後。そりゃそうよね、実子の私が生きているのだもの。

 だから勝手に家のものを使い、使用人たちにはお金を握らせて、私を虐げた。


 本気で乗っ取りたかったら、私を殺せばよかったのに。人殺しをする度胸は無かったみたい。

 しょうもない人間だわ。



「そうね、使用人に配ったお金を使用人たちに請求することはしないわ。勿論、貴方からも」

「は、はひへっ?」

 家令ったら、頭を振りすぎて意識が飛びかけてる。

 治癒魔法ってできるかしら。

 家令に手を翳して、治れ、と念じてみる。

 侍女長たちを黒焦げにした怖気だつような魔力ではなく、ふわりと柔らかい光が家令に降り注いだ。

「……はっ!? わ、私は? 今のは!?」

「ちょっと意識が飛び掛けてたから、治癒魔法をやってみたの。成功したみたいね」

「ち、治癒魔法……」

 私を見る家令の目から、ほんの少しだけ「恐れ」が消えた。


 この場で決めたことは、三つ。


 まず、あの女とその娘をここから追い出すこと。何一つ持たせないけど、服だけは着せてやるわ。

 次に、あの女とその娘に損害賠償を請求する裁判を起こすこと。あいつらが平民であることは知っているから、当然払えないと思う。だけど、貴族相手の詐欺罪は重罪よ。悔い改めるという名の優しい監獄である修道院送りになんかしない。命の限り働いて返してもらう。

 最後に、裁判や諸々の片付けが終わったら、料理長以外の使用人を全員クビにする。

 お金で主人を売るような使用人は要らないわ。

「……仰るとおりでございます」

「ああでも当然、受け取ったお金の分は働いてもらうわよ。もう使っちゃったとか、家に仕送りしたとか、言い訳は一切聞かない。計算上は……あなた達二十年はタダ働きね」

「そ、それは……」

「何? この期に及んで何か言い訳があるの? 私は八歳になるかならないかの頃から七年も、鞭で打たれ続けて、食事や睡眠も満足に取れなくて、身体を拭く時間すら無かったのよ。あなた達はこの七年、何していたの? 誰かひとりでも、私を助けようとしてくれたかしら?」

「……」

 料理長だけ除外なのは、食事が美味しかったことと、生ゴミ入れの中に時折、新鮮な物を入れておいてくれた恩があるからね。

「あ、もう一つ、いえ二つほど仕事があるんだったわ」

「な、何でしょう」

「屋根裏部屋の前に死体が二つ転がっているでしょう。外へ埋めてきて」

「ご、ご遺族の方には何と」

「その遺族ってのは、私を虐げて稼いだお金で今までぬくぬく暮らしてきた人のことかしら? 私がなにかする必要、あって?」

「い、いえ、その、は、はい……」




 話は終わったので、書斎を出た。

 屋根裏部屋へ帰ろうとして……踵を返す。

 私の本当のお部屋を、返してもらわないと。


 掃除以外で屋敷を歩くのは久しぶり。

 屋敷中を掃除して回っていたのは私だから、今後は侍女たちにちゃんとやらせなくちゃ。

 あの人達、掃除の仕方覚えてるかしら。箒は私を打つものじゃないし、水の入ったバケツは私にぶちまけるものでもないってことを。


 堂々と廊下の真ん中を歩いて、私の部屋へ。

 扉を開けると、詐欺女の娘がベッドに寝そべっていた。

「誰よ! いきなり入ってく……ぎゃああああ!」

 娘は私を見るなり叫んだ。うるさいなぁ。

「あなたこそ何なの。ここは私の部屋で、貴方は我が家とは何の関係もない、平民の娘でしょう。出ていって。さもないと……」

 稲妻の鞭で床をパシンとやると、娘は飛び起きて部屋の隅へ逃げた。

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