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余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。  作者: 桐山じゃろ
第四章 引き離されるもの

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16 知らない土地

 俺、来々村(こるむら)吉秀(よしひで)はある日突然、異世界に転移してしまった。


 理由も切っ掛けも不明。

 夜道を歩いていたら、なんの前触れもなく、見覚えのない場所に立っていた。


 そして奇妙なことに気づいた。

 何かがいることがわかる。星と月明かりしかないのに、景色がよく見える。

 こちらの様子を伺っている『何か』からは逃げた方がいいと判断し走ったところ、いくら走っても息が切れない。

 遠方に人がいるとわかる。

 自分の感覚だけを信じて走り……俺は人が大勢いる場所、街に辿り着いた。


 街道に人通りはなく、殆どの家はひっそりと静まり返っていたが、一軒だけ、窓から明かりの漏れている家があった。


「へぇ、気づいたら知らない道に。でも記憶はあると」

 恐る恐る扉を叩くと、家から出てきたのは老齢の御婦人だった。

 サニばあさんと名乗った彼女は、俺の話を鵜呑みにしないまでも、俺が困っていることは信じてくれた。

「だってねぇ。こんな夜中にこんなばあさん一人の家に来て、脅しも殺しもしないんだから」

「なっ!? そ、そんなことしませんよ!」

「そうかい? こんなばあさんの家だから収穫は少ないだろうけど、やって損は無いんじゃないかい?」

 ……この世界、もしかして物騒?

「それを言うならサニさんはどうして」

「サニばあさん、でいいよ」

「サニばあさんはどうして、家の明かりをつけてたんです?」

「今日は急患受入当番だったからね」

「急患? お医者さんなんですか?」

「医者じゃあない、ただの薬屋さ。だけど、医者だけじゃ間に合わないからね。それと、扉にはこちらからは外が見える板が貼ってあるんだよ」

 入り口の扉にはマジックミラーのようなものがあったのか。全然気づかなかった。

 改めて室内を見ると、壁の棚には薬が入っているような瓶や乾燥させた草、動物の内蔵をなにかの液体に漬けたものなどが並べてある。

「とりあえず、当面の路銀をあげるよ。それと、仕事もアテがある。本当は家に泊めてやりたいんだが、生憎しばらく当番なんだ。ベッドを空けとかないといけない」

「路銀って……助かりますけど、いいんですか?」

「構わないよ」

「俺が言うのもなんですけど、初対面の奴にそんなことまで」

「あたしはもうばあさんだからね。金はそんなに使わないし、あんたみたいに困ってる人が使うほうがよっぽどいい」

 しばらく押し問答したが、サニばあさんのやたら強い押しに負けて、しかし必ず返すと約束して、金が詰まった袋を借り受けた。


 サニばあさんに教えてもらった通りの道を行くと、宿らしい建物があった。

 明かりは灯っていなかったが、戸を叩くと応えがあった。宿の主人にサニばあさんの紹介だと言うと「ばあさんの紹介なら」と丁寧に部屋まで案内してくれた。


 一番安い部屋でいいと伝えたので、小さな、質素な部屋だ。

 ベッドはシングルサイズ。机と椅子がひとつずつ。

 身長百九十センチメートルの俺には少々手狭だが、日本でも似たような生活だったから、慣れている。

 サニばあさんから借りた金を懐に抱き、ベッドで丸くなると、あっさり眠りに落ちた。



 サニばあさんが紹介してくれた仕事は、酒場の店員だった。

 接客業なら経験がある。

「あんた、これは読めるかい?」

 手渡されたのは、薄い木の板に木炭で絵と文字が書かれたものだ。

 見たことのない形の文字だったが、難なく読めてしまう。不思議だが、便利だから今はありがたいと思っておこう。

「本日のおすすめ、銅貨五枚、エール、銅貨一枚……」

 俺がすらすら読んでみせると、酒場の店主は驚いた顔をした。

「おお、読めるのか。そりゃ助かる。紹介してくれたサニばあさんにも、後で更に礼を言っておかないとな」

 後で聞いたのだが、この世界の識字率はかなり低い。一般庶民には義務教育というものが存在せず、自分から字を習おうとしない限り、生涯読めないこともよくあるとか。

 酒場では文字が読めなくても、「酒と飯」で店主が適当に見繕った品を出す。

 しかし、店員にメニューを読み上げてもらえるのなら、客は好物が頼めると店主は喜んでいた。


 その日の夕方ごろから仕事を始めた。

 俺が文字を読めることはいつの間にか広まっていて、初日の俺の仕事は専ら注文聞きだった。

 日本では結婚する少し前からデスクワーカーで、体力に自信はなかったのに、真夜中まで立ちっぱなしでも疲れは殆どなかった。

 給料は日給制だ。その日の賃金とまかないを貰い、宿へ戻った。



 次の日、言われた時間どおりに出勤すると、店の前には行列ができていた。

 昨日は朝から酒場にいたから、開店前から行列ができていたことなんて知らなかった。

 ……と、思いきや、事情が違った。


「おお、ヨシヒデ。すごいぞ、お前のお陰で大繁盛だ」

「俺の?」

 開店前の料理の下拵えの量が、昨日とは明らかに違う。三倍はある。

 俺はそれをなんとなく手伝いながら、店主に聞き返した。

「客が好物を頼めるってのは、重要なんだ。俺がいくら美味いもんを作っても、それがどうしても口に合わないやつはいる。だけどヨシヒデのお陰で、客は好きなもんを食べられるんだ」

 だったら字を覚えればいいのにという言葉をぐっと飲み込み「そうですか」と答えておいた。

「……っつーか、ヨシヒデ、お前手際もいいな」

 俺の前には、捌き終わった魚が大量に積み上がっていた。

 一人暮らしの時は多少自炊をしていたが、魚を三枚おろしにしたことは無い。

 しかし、店主の手付きを見ているうちに、できてしまったのだ。

「たまたま、これだけ得意なんですよ」

 職場では「仕事ができる」ことをアピールしてはいけない。キャパシティを越えた量の仕事を要求されるからだ。

 少なくとも、俺が働いていた会社はそうだった。

「そうか、でも助かるよ。さあ、店を開けるぞ」


 目の回るような忙しさとはこの事を言うのだろう。

 お客がひっきりなしに来る。

 俺は昨日と同様注文聞きだけをしているわけにはいかなかった。

「エール三杯焼き魚鶏肉の串焼き豚の骨付き肉お待たせしました!」

 日本でのバイトの経験が蘇ってきた俺は、似たような調子で配膳もこなした。

「そうそう、魚が食いたかったんだよ」

「串焼き肉ウメェ!」

「仕事の後は骨付き肉に限るんだよなぁ」

 お客が美味そうに食事している横で俺がせっせと働いていると、入り口の向こうから物騒な声が聞こえてきた。

「割り込んでんじゃねぇよ!」

「うるせぇ! もう並んで待ってられるか!」

 騒がしかった店内が少し静かになり、店員たちは顔を見合わせた。

「常連さんの声だね」

「いつもならこの時間、ガラ空きだからねぇ……」

 店員の視線が俺に刺さる。

 俺のせいなら、俺がどうにかするべきだろう。

 俺は手に持っていたエールのジョッキをカウンターに戻し、入り口の扉を空けた。


 そこでは既に、男たちによる殴り合いが始まっていた。

 最初にサニばあさんと会話したときに「この世界治安悪そう」と感じたのは、正解だったようだ。当たってほしくなかったが。

「店の前で止めてください! 他のお客さんに迷惑です!」

 俺が大声を出すと、男たちはぴたりと止まった。そして、恐る恐る俺を見上げる。

 あれ? まだ大声しか出してないのに、どうして彼らの顔には恐怖が浮かんでいますか?

 殴り合っていた男たちは俺の前にビシッと整列し、一斉に頭を下げた。

「すいませんでしたぁ!」

「え、え? あのっ?」

 戸惑って立ち竦む俺の方を、店主がぽん、と叩く。

「ヨシヒデ、お前、魔力も凄いんだな」

「まりょく?」

 漫画やゲームでしか聞かない単語が出てきた。

「ああ。こりゃあ、お前さんの賃金を上げないとなぁ。ほれ、あんたら。ちゃんと最後尾に並び直しな」

「はいっ!」

 すっかり大人しくなった男たちに店主が告げると、男たちはまたしてもビシッと返事を揃え、行列の最後尾で小さくなった。


 魔力はどうやら、この世界では常識の範疇らしい。

 店主には、俺の事情を話していない。

 となると聞けるのは……。



「魔力のない世界なんて考えたくもないねぇ。酒場の魔道具はどうやって動いてると思ってたんだい?」

 早朝にサニばあさんを訪ねると、サニばあさんは快く迎え入れてくれた。

「電動の機械仕掛けかと」

「機械仕掛けは何となく分かるが、デンドウってなんだい」

 サニばあさんに「電気」について説明した後、俺は魔力についての説明を受けた。

「あんたが大声を出した時に、魔力が発動したんだろうね。さっきも言ったが、魔力は普通目に見えないし、体感することも少ない。男どもがビビったのは、そんな魔力が聴覚で感じ取れるほど大きかったせいだろうよ」

「もう少し詳しく教えて貰えませんか」

「かまわないが、仕事は?」

「あっ」

 俺は次の日以降、朝の僅かな時間に、サニばあさんから魔力についての講義を少しずつ受けることになった。

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