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8

「それでその不審者はいつからいたの?第一発見者って誰?」

「二組の緒方」

答えたのは武藤。一息に説明する。

「気づいたらいたんだってさ。いきなり現れたみたいだったてさ。目が合ったらぶひんて鳴いたって、馬が。大慌てで学校の外に出てその勢いで校門を閉めたって言ってた。で、そうこうする内にみんなが登校してきて、どうしたどうしたってことになるわけ。緒方は説明するわけ。「馬が!馬がいた!」て。みんな半信半疑だったけど、確かに馬がいる。ついでに男も。最初、緒方は男には気づかなかったみたい」

「へ、へえ」

「問題はその男が何者か、だな」

「うん。それはもちろんわからない。謎」

「不法入国者とかじゃないのお。最近話題になってるし」

「馬を連れてか?ないだろ」

「てか、関連付けて考えるからいけないんだよ。馬と男は別段関係ないということで」

いつの間にかほかの生徒も話題に加わっていて、だんだんと馬についての話題に移っていくのがおかしかった。

校門の向こうを見ると、男の姿は確認できるが、馬はいない。

いや、今ちらりと視界の隅に入った。

校庭を走り回っているようだ。

男と目が合った気がした。

いやだな、と思ったとき

「あ!」

男が短く声を上げたのがわかった。

「ヒメええ!」

そして叫びながら全速力で駆け出す。

勢いをとめることなく門をよじ登り、飛び降りる。

居合わせたみなは呆気に取られている。

考えてみれば当然なのだが、こうも簡単に校外に出られるとは。

決して門のほうにやってこないので、その意思がないか、そうできない事情でもあると、みな思い込んでいた。

「ヒメ!」

男がまた叫ぶ。

理子は傍らのヒメを見た。

「ヒメ!」とはやはりヒメのことだろうな。

確かに男はこちらに向かってくる。

しかしヒメではなく理子を見ているような気がする。

その目はぎらぎらしている。

必死の形相。

身の危険を感じた。

危険!危険!危険!危険!危険!危険!危険!危険!危険!危険!危険!危険!

警告音が頭の中で鳴り響くが体が動いてくれない。

危険!逃げきゃ!危険!逃げなきゃ!危険!逃げなきゃ!危険!逃げなきゃ!

男が腕を伸ばしてくる。

危険危険危険危険危険危険危険!!!!!!!!!

理子の肩を鷲掴みにし押し倒そうとしているーー

「きゃああああああ!!!!!」

男の手から逃れようとして体制を崩し倒れこむ。

「理子!」

あわててヒメは理子を助け起こし男を睨み付ける。

だが男の手は理子には触れていなかった。寸前で麦丸が飛び掛っていたのだ。

麦丸に腕を噛み付かれ、野太い悲鳴を上げながら、男は麦丸を振りほどこうと必死になっている。

麦丸は男の腕に容赦なく牙を立て、四肢を踏ん張り、男を逃がそうとしない。

麦丸を支点に、男は奇妙なダンスを踊っているように見えた。

男が力尽きたと見ると、麦丸は男を解放した。。

「でかした、犬!」

「うるさい!」

ヒメの賞賛に、麦丸は怒声で答えた。

今、麦丸は気が立っている。

当然だ。

理子に危害を加えようといたものがいるのだ。

男は無様に倒れこんで、かまれた腕を押さえ呻いていたが、ゆらりと立ち上がる。

「犬とはいえ、許さんぞ・・・」

白刃を抜いた。

さすがに皆ぎょとした。

上着の長い裾に隠れて、男が帯刀していることに誰も気づかなかったのだ。

麦丸はひるんでいなかった。

より低い声でうなる。

「犬が!」

男が刀を振りかぶり、パン!と乾いた破裂音がして、男は倒れ、苦痛の声を上げながらのた打ち回る。

いったいなにが起きたのか、誰もすぐにはわからなかった。

拳銃を構えながら、警官が進み出てきた。

銃口は呻く男に向けられている。

警官はもう一人いた。

後から来た警官が男の元に膝まづくと、いくつかの罪状を述べながら、男に手錠をかける。

「すごい。逮捕の現場だ。はじめて見た」

誰かが言っている。

「今の銃声だよな!な!リアルで初めて聞いた!」

興奮した声が聞こえる。

度合いはどうあれど、今の逮捕劇に興奮していないものはいなかった。

今目の前で起きたことは、平凡な日常を送っていれば、まず出会うことのない出来事だから。

理子の鼓動も激しく打っていた。

もちろん皆のような興奮のためではない。

見も知らない男に襲い掛かられたーーそのショックからだ。

もちろん、理子も逮捕の現場を目撃し、本物の銃声を始めて聞いた。

しかし浮かれはしゃぐことはできなかった。

それよりも理子は、男が撃たれたこと、それ自体に衝撃を受けていた。

人が撃たれた、人が人を撃ったーーそれはとても怖いことではないのか?

こんな、はしゃいで、騒ぎ立てるようなことなのだろうか?

わからない。

だが皆と同じようには振舞えなかった。

胸の奥がざらりとする。

気持ち悪い。

「大丈夫か、理子」

麦丸とヒメの声が重なった。

顔を合わせ、二人ともむっとする。

銃声が鳴ったとき、一目散にどこかに姿を消していた麦丸は、いつの間にか戻っていて、飼い主の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫、ありがとう、麦丸」

理子は麦丸の頭に手を置くと、手触りを楽しむようにゆっくりと撫でる。

「そうか」

麦丸は気持ちよさそうに目を細める。

「ヒメも、ありがとうね」

まだ肩におかれたヒメの手に、手を重ねる。

「わ、我輩は何もしておらん」

怒ったようにいうその顔は、少し赤い。

「そうだっけ。でもありがとう」

「う、うむ」

お尻のかゆみを我慢しているように、唇をきゅっと結んで、ヒメはうなづいた。

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