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それに気付いたのはヒメが最初だった。
姫はあれやこれやと改めて学校について尋ねてきた。リコも一つ一つの質問に考え考え答えていたのだが、いつまで立ってもヒメの質問攻めが終わらないので、そのうちぞんざいにしか声を返さないようになっていた。それでもヒメの機嫌が悪くなることはなかった。向かっているのがほかならぬその学校であり、いづれ答えはわかると知っているからかもしれない。中々やまないヒメの質問攻めがぴたりと止んだ。どうしたのだろうとヒメを見る。彼女の視線はリコの肩越し斜め上を向いていた。空を見ている。いぶかしみながらリコは振り返り上空を見上げた。
絶句。
口がぽかんと開く。
空に城がさかさまに浮かんでいた。
ありえない。
それからはっと気付く。
そうだ、ありえない。
空に城が浮かんでいるなんて、ありえない。
あれは蜃気楼なんだ、蜃気楼に違いない。
「なあんだ、そうか」
呟いてみた。ちょっとむなしい。
空にあるさかさまの城は、日本の城ではなく西洋の城の様に見えた。中央が塔の様になっていて(さかさまだから、天にではなく地を向いている)、両棟が左右対称を成している。ちょうど、空に飛び立とうと翼を広げた(逆さまの)鳥の様に見えた。
「どうした?リコ」
麦丸の声。
「我が輩の城だ…」
ヒメの声。
「え?」
リコの声。
「今、なんて?」
声が裏返っている。動揺してしまっている。なぜ?
「我が輩の城だ、と言ったのだ」
ヒメは繰り返し、言葉を継いだ。
「最初に言っただろう。我が輩はここではない『世界』から来たと。それがあれだ。」
ヒメは空の城を指差した。リコはヒメから空の城へと、もう一度視線を移した。
「あれが世界?あのお城が?」
「そうだ、世界だ。あれが我が輩の世界だった」
「お城なのに?」
さっぱり意味がわからない。
「小さな世界だ…」
ヒメの呟きに、リコはもう一度空を見上げる。
確かにさかさまに浮かぶあの城が世界ならば、それはとても小さな世界だ。あそこに住んでいたということだろうか。本当にお姫様だったんだ、と感心してからはっと我に返る。
ありえないだろう。ありえないから。あれは蜃気楼なんだし。
からかっているんだろうか、ヒメは? 盗み見るが、ヒメの横顔はすごくまじめで、そうは思えない。
ヒメは危ない人なのか?
もし事実を口にしているだけなら、あの城は実体として空に浮かんでいると言うことになる。
同じ言葉を繰り返してしまう羽目になる。ありえないだろう、それは。
堂々巡りする思考。
うううう。リコは唸って眉間を押さえた。
「どうした、リコ。頭が痛いか?」
「いやあ、ちょっと…」
麦丸に答えてから
「ごめん、ヒメ。あんたの言うことよくわからない」
ヒメに向かって手を合わせる。ヒメは気にしたふうでもない。
「構わん。リコに理解できるとは思っておらん」
「むう」
強く言い返すことも出来ないまま、リコはまたしても唸るしかなかった。