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「くくくく。面白いなあ、お前たち」
女の子がはじめて口を利いた。
「まあ」
なぜか母は喜んだ。可愛らしい容姿に違わぬ、可愛らしい声だったからだろうか。でも可愛らしい喋り方ではない、というのがリコの感想だった。
「聞いてたの?」
リコのきつい視線を平然と受け止めて少女は頷いた。
「ああ」
「だったらわかるよね。早くここから出て行って」
「嫌だ」
「はあ?」
リコの声に怒気が含まれる。
「まあ待て。話を聞け。お前の母上の言っていることは間違ってはいないのだ」
リコの眉がつり上がる。少女を睨みつける。女の子は涼しい顔で
「気付いたらここにいたのだ。正確に言えば寝台で眠っていたのだ。目を覚ましたとき褥にはまだ温もりがあった。もしかしてあれはお前の温もりか?」
リコは答えなかったが赤くなったその顔を見て肯定と受け取ったようだ。
「そうか。では初めて他人と褥を共にしたわけだな。うむ、思い出すとドキドキしてくるぞ」
「……ちょっと、変な言い方しないでよ」
リコの抗議の声を、少女は聞き流す。
「ふふ」
娘の様子に母は小さく笑う。
「お母さん」
小さな声で責めるリコを、聞こえない振りをして
「それじゃあ、あなたはどこから来たのかも覚えていないのかな?」
「いや、それならわかる。だが戻る方法はわからない」
「ならどこから来たって言うの」
と、リコ。
「世界だ。ここではない世界」
というのが少女の答えだった。
「はあ?」
リコはまた険のある声を返してしまう。少女が何を言っているのかさっぱりわからない。ここにはない世界。そんなものがどこにあるというのだ。世界は『ここ』にしかないではないか。
「ならあなた名前は? 名前は覚えてる?」
これは母からの質問。
「名前か……」
少女は重たそうに口を開いた。
「名前はない。我が輩に個人名はないのだ。あるのは役職名だけだ」
「「我が輩?」」
母と娘の声が重なった。
可愛らしい容姿、可愛らしい声には合わない一人称だ。だが可愛らしくない喋り方には合っている。だがそれにしても
「我が輩、だって」
リコは思わず、ぷぷっと笑ってしまう。
「こらリコ。失礼でしょ」
「だってさあ」
母に叱り付けられても、リコはおかしくてしょうがない。ぷぷぷっと笑ってしまう。
「おい」
少女の低い声。リコを睨みつけていた。
「あまり我が輩を怒らせるなよ」
リコは唇を引き結んだ。調子に乗りすぎたと反省する。それでもやっぱり、ぷぷぷぷっと笑ってしまった。
ドン! テーブルが揺れた。少女が天板に拳を思い切り振り下ろしたのだ。
驚きでリコの声は止まっていた。
「……ごめんなさい」
小さな声には真摯な反省の響きが合った。少女はそれ以上リコを責めることはしなかった。
「わかればよい」