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考えなければいけないことが、たくさんあることは分かっているのだが、頭の中がぐるぐる回って、考えがまとまらない。

とりあえず、理子は入浴することにした。

少し早いが、今日は寝ることにする。

朝になった。

ベッドから起き上がると、伸びをし、あくびをする。

これが日常。

いつもと同じ日常。

洗面所に向かう。

顔を洗い歯を磨く。

ふと違和感を覚えた。

物音ひとつしない。

いつもならこの時間、母が朝食の準備をしているはずなのだが、静か過ぎる。

まるでこの家に理子のほかには誰一人いないとでもいうように。

「お母さん」

返事はない。

「お母さん」

返事はない。

「お母さん」

返事はない。

誰もいない。

今日は仕事が早くからだったのだろうか。

それだけのことかもしれない。

理子は外に飛び出していた。

母の姿は無い。

それどころか紐がつながったままの首輪を残して、麦丸の姿も無かった。

犬小屋が空になっていた。

理子は道に出た。

誰一人いない。

人の気配が無い。

鳥のさえずりも無い。

どこか遠くから聞こえてくる車の走行音、クラクションの音、自転車が走る音、鳴らされるベル、走るか歩くかしている人の足音、交わされる挨拶、風の音――

何も聞こえない。

国道に出た。やはり人の姿は無い。

車の一台も見当たらなかった。

走っている車はもちろん、駐停車している車も一台も無い。

信号が黄色に点滅している。

赤に変わった。

青に変わった。

理子は横断歩道を渡る。

歩道を歩いていく。



辿り着いたのは学校。

校門をくぐった。

ここに来るまで誰にも会っていないし、車も見ていない。

校舎の中にも誰もいなかった。

理子は自分のクラスに向かう。


教室のドアが目の前にある。

そこではっと気づいた。

まだパジャマ姿のままでいる。

このまま教室に入ったら、パジャマで登校した女、として伝説になってしまう。

でも、ま、いいか――

そんなことを考えながらドアを開けた。

誰もいなかった。

教室の中はしんと静まり返っていた。


誰かがきっといる――

クラスメイトがいる――

そう思わなければここまで歩いてくることは出来なかった。

母も消えて、麦丸も消えて、町の人も消えて、先生たちも消えて、クラスメイトも消えて、友達も消えて――

みんな消えた。

膝が折れそうになる。

ふと心に浮かんだ名前。

倒れこみそうになるのを堪えた。



病院に来るまでにもやはり誰にも会わなかったし、病院の中にも人はいなかった。

だが気にしてはいない。

リオに早く会わなくては。

安否を確かめなくては。

リオは消えてはいないと思う。

弟のそばにはあの青年――守護者がいるから。

彼は自らを弟を守護するものだと言った。

だからこそ、守護者なのだ。

だからこそ、リオは守られているはずだ。

もしそうでなかったら、リオまでいなくなっていたら、あの青年を絶対許さない。

「リオ!」

叫びながら病室のドアを開けた。

力が抜け、理子はその場に跪いていた。

「ああ・・・」

安堵の息が漏れる。

「良かった・・・」

リオはいつもと同じように、ベッドに眠っていた。

傍らには、守護者が立っていた。

「ご無事なようで何よりです。何とか間に合いましたよ」

緊張感の無いのんびりした声は、どうしても耳になじまない。

それに後のほうの言葉の意味が良く分からなかった。

立ち上がろうとして、理子はそこで守護者の言わんとしている事を、理解した。

「そうか、私も・・・」

床に着いた手が透けていた。

目の前でヒメの身に起きたことが、自分の身にも起こっている。

「そうだよね・・・」

これから消えていこうとしているのに、理子は落ち着いていた。

心が麻痺しているのかもしれない。

それでも、今、自分が何を願っているか――それは分かった。

「リオはどうなるの?」

「魔導師は消えませんよ」

「リオはどうなるの?」

理子は繰り返した。

「あなたの弟はすでに魔導師とわかちがたく結びついてしまっています。魔導師と運命を共にするでしょう」

「あなたはずっとリオのそばにいるのよね?リオを守ってくれるのよね?」

「ええ、そうですよ」

「なら誓って。あなたの一番大切なものに」

「わが主に賭けて誓います」

「ありがとう」

守護者に笑顔を向けてから、リオの寝顔を見つめ、微笑む。

「リオ、ごめんね。お姉ちゃん、もうリオのそばにいられないみたいだから」

理子の姿はもうほとんど見えない。

震えるその声も、小さくしか聞こえない。

「さよなら、リオ・・・」

最後の言葉は、どこか遠くから伝わってくるように空気を震わせて、その響きが消えると、理子の姿はもうどこにも無かった。


不意にリオが目を開けた。

そのときには彼らの居るのは病室ではなく、乳白色の空間だった。

白一色の世界。

白い闇の中――

「お目覚めですか」

守護者は驚くふうも無く、リオ――魔導師に対して恭しく頭を下げた。

「予想外のことが起きるものだ」

魔導師の独白にも似た言葉。

「別の世界のものが、この世界でクサビになるとは」

「おかげで世界が消えてしまいました」

「それもまた一興」

言い終えると、魔導師は再び目を閉じた。

守護者はその寝顔を見守りながら呟く。

「おやすみなさいませ。我が主よ」

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