18
家に辿り着いた時、理子の目は真っ赤になっていた。
犬小屋から、主人を出迎えるため、麦丸が出てきていた。
尻尾をぶんぶんと振っている。
理子の身に起こったことなど、もちろん知るはずもない。
「ただいま、麦丸」
泣き笑いの顔で、愛犬に声をかける。
「ワン!」
答える麦丸。
「うん、ただいま」
理子はしゃがんで、麦丸の頭を撫でる。
「クウーン、クウーン」
麦丸は甘えた声を出す。
「どうしたの?」
違和感を感じて、理子は麦丸に問う。
「どうしてしゃべらないの?」
理子に撫でられるまま、麦丸は甘えた声を出すだけだ。
「まさか」
だんだんと――
「しゃべれなくなったの・・・?」
理子の表情が険しくなる。
主人の変化に気づいたのか、麦丸は自ら理子の手から離れた。
「そうなんだ・・・そうだよね・・・」
犬は人語を解しないし、しゃべることもしない。
それは当たり前のことだ。
理子は立ち上がると、玄関の扉を開けて、家の中に入っていった。
「ワン!」
麦丸は尻尾を振って、それを見送った。
母は帰っていて、夕飯の支度をしていた。
理子が台所にやって来たのに気づいたのか、手をとめることなく声をかけてきた。
「お帰り」
「ただいま・・・」
元気のない娘の声に、何かあったのかと振り返る。
「どうしたの?」
娘は目を真っ赤にしていた。
明らかに泣きはらした後だ。
そして今にも泣き出しそうな顔でいる。
「どうしたの?」
「お母さん、ヒメが・・・」
理子の声は震えている。
「ヒメが・・・?」
「誰?お友達?」
こみ上げて来るものに涙があふれそうになっていた理子。
それが、すー、と引いていくのが分かった。
「え?」
「お友達とけんかしたの?泣いちゃうくらいなら早く仲直りしなさい」
「お母さん・・・?」
「明日朝一番でそのお友達に謝るの。そう決めなさい。今決めなさい。はい、決めた!」
ずび!と母は理子を指差した。
娘の表情をどう受け取ったのか、母は言葉を続ける。
「理子は自分は悪くないって思ってるかもしれないけど、100%そのお友達が悪いって事もないでしょ。理子のほうにも何か原因があったはずよ。そのことについて理子は謝るの。何も全面的に自分が悪いって認めるわけじゃない――そう思えば気が楽でしょ」
「お母さん・・・」
「こんなことでお友達なくしたら、悲しいわよ」
お母さん、どうしたの?ヒメだよ、あのヒメだよ、娘にするんだって喜んでたのはお母さんなんだよ、覚えてないの?忘れちゃったの?
理子は結局何一つ言えず、うなづいただけだった。
「うん、そうだね・・・」