17
帰り道――
二人の間に言葉はなかった。
理子は自分の身に起こったことを、いまだ理解していなかったし、ヒメはそんな理子にかける言葉を持たなかった。
無言の距離が続く。
「あまり気にするな」
ヒメはやっとのことでポツリとそう言ったが、理子からの返事はなかった。
理子はまだ茫然自失でいる。
無理もない――と、ヒメには理解できる。
理子はいまだ悪夢の中にいるのだ。
白い闇の中に。
その悪夢から目覚めずにいる。
無理もないこととはわかるのだが――。
それでもため息が漏れた。
しばらくはどんな言葉をかけても、理子の耳には届かないだろう。
また溜め息が出る。
二人の間にまた無言が続く。
守護者の言葉が気になっていた。
「奇跡の代償はきっと大きなものですよ。覚悟をしておいたほうがいいでしょうね」
理子がこの世界に戻ってきたとき、守護者は確かそんなことを言っていた。
それが気になっている。
まるで忠告のように聞こえた。
いや――預言?
思い浮かんだ仰々しい言葉に、笑ってしまった。
あの男にはあまりにも似合わない。
だが彼は守護者なのだ。
魔導師を守護するもの――眠り続ける主に代わって、その力を行使するもの――。
その言葉に何の意味もないとは思えない。
前を行く理子の背中は丸まっている。
うつむいて歩いているのだ。
また自分の想念に捕らわれているのだろう。
無理もない。
また思う。
体はこちらに戻ってきたが、心はいまだ向こう――あの白い闇の世界――にいるのだ。
理子は十分『代償』を払った。
だからもう何も起きる必要はない。
「理子・・・」
彼女の身には何事も起きてほしくはない。
(理子・・・)
はっと我に返った。
自分の居場所がすぐにはわからなかった。
白い闇の中にはいない。
見慣れた景色の中にいる。
そうとわかるのに、数瞬を要した。
それからヒメが呼びかけていることに気づいて、振り返った。
「理子・・・」
夢を見ているのだと思った。
まだ夢の中にいるのだと。
「守護者が言っていたことは、どうやらこの事らしい」
ヒメの体が透き通っていた。
ヒメは手のひらを見ようとするように、腕を上げた。
そうする間にも、指先から肘までが、なぞるように消えてしまった。
「『覚悟をしておいたほうがいい』か・・・。なるほど」
ヒメがそう言い終るころには、肩までが消えてしまった。
腕だけでなく、足元からもだんだんと消えてしまっていて、ヒメの体はもう、腰から上が透き通った状態でしか見えなかった。
「理子はなんともないようだな。良かった」
胸までが消失し――
「せっかく仲良くなれたのにな。残念だ」
首までが消失し――
「さよならだ。理子」
ヒメは消えた。
「ヒメ!」
理子は叫んだ。
腕を伸ばした。
触れるものは何もなかった。
夢だ。
これは夢だ。
夢に決まっている。
でも、いつから・・・?
力なく、理子の腕が下がる。
背を向けると、力なく歩き出した。
長い夢だった。
楽しい夢だった。
「ヒメ・・・」
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
夢ではなかった。
ヒメと過ごした時間は夢ではなかった。