16
「わかった。なる」
守護者の言葉にうなづいた瞬間、世界が変わった。
理子のいるここは、リオの病室ではなかった。
白い。
ただ白い空間だ。
驚くことさえも出来なかった。
ただ呆然とするしかない。
それでも我に返ると、ここはどこなのかと、辺りを見回す。
白い。
白――それしかない。
右を見ても左を見ても上を仰いでも足元を見ても、白――しか見えない。
自分の体さえも見えないのだ。
手のひらを顔の前にかざしても、それさえ見えない。
白――しか目に入らない。
(そもそも自分の体さえ見えないのだから、手をかざしているのかどうかは、感覚に頼るしかない)
立っている。
立ってはいる――はずだ。
これもまた、感覚に頼るしかない。
視力が効かない――それが身体の感覚さえ奪ってしまうものだとは知らなかった。
目を開けていれば、白――しか目に入らない。
自分、が消えてしまいそうだった。
目をつむる。
視界が真っ黒になる。
深く深く安堵の息を吐いていた。
このほう身体を感じることが出来る。
もう目を開ける気にはなれなかった。
とりあえず移動しようと這って歩く。
いくらも進まないうちだった。
抵抗があり、それ以上進めなくなった。
それでも何とか這い進もうとする。
無駄だった。
ガチャリ――。
音がした。
鈍い金属の音。
真っ暗なまぶたの裏に、鎖につながれている自分の姿が、映った。
**
守護者の招きに応じ、病室に入ってきた二人を見たとき、驚かないわけにはいかなかった。
なぜなら二人の少女が何者か、私にはわかったからだ。
小さなほうの女の子は、クサビノヒメ――先代のクサビノヒメだと言うことがわかった。
そしてもう一人。
彼女は私と瓜二つだった。
すでにここが私のいた世界とは、異なる世界だと言うことはわかっている。
彼女はこの世界での私だった。
彼女もまた、クサビノヒメだった。
でも違う。
彼女は選ばれたクサビ。
私は作られたクサビ。
彼女には大切に思う人も、大切に思ってくれる人もいる。
私には誰もいない。
クサビではない私を必要としてくれる人は誰もいない。
守護者の言葉にうなづいた後、彼女は消えた。
女の子が泣き叫ぶ。
守護者を責め立てる。
女の子は彼女を必要としている。
彼女を求めている。
そう――。
だから彼女はここに帰ってこなければならない。
クサビとして求められたのは・・・クサビとして作られたのは・・・この私――なのだから。
**
「理子!」
叫び、ヒメは理子を抱き上げる。
重い。
その重みが、理子がここにいるんだと実感させる。
理子は気を失っている。
「理子!理子!」
ヒメは必死で呼びかける。
ゆっくりと理子が目を開けた。
泣きながら覗き込んでいるその顔に答える。
「ヒメ・・・」
泣き顔をさらにくしゃくしゃにして、ヒメは強く理子を抱きしめた。
「理子・・・理子・・・良かった・・・本当に良かった・・・」
ヒメの温もりを強く感じながら、理子は、自分の身に起こったことを実感できずに、ぼんやりとして、夢を見ているようだった。
「帰ろう、理子」
ヒメの言葉にうなづき、彼女の手を借りて立ち上がると理子を、不思議そうに見つめているのは、守護者だった。
それから振り返り、異界の少女がいつの間にか消えていることを確認する。
病室を出て行こうとする二人に声をかけた。
「待ってください」
二人は立ち止まらない。
かまわず続ける。
「奇跡の代償はきっと大きなものですよ。覚悟をしておいたほうがいいでしょうね」
守護者の声は届いただろう。
だが二人は言葉を返すこともなく、病室を出て行った。