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15

リオの病室。


ドアのノックするのはいつものことで、返事を待ってのことではない。

「はい、どうぞ。開いてますよ」

だからそう声が返ってきたとき、理子の体が、一瞬動きを止めた。

リオが目を覚ましたのか?

それは喜ばしいことのはずなのに、そうではない、と否定している。

それに、返ってきた声は、リオのものではなかった。

あれから、もうずっとリオの声を聞いていないが、忘れるはずも、聞き違うはずもない。

「誰?」

リオの友達かもしれない――頭の隅にその考えがよぎるが、厳しい声でドアを開けた。

見知らぬ青年が立っていた。

まっすぐにこちらを見ている。

青年の背後のベッドに、リオが眠り続けているのを見て、理子はひとまず安堵の息をついた。

青年に視線を戻し、睨み付ける。

「誰?」

さらに厳しい声で、再び誰何する。

返ってきた声は、ヒメのものだった。

「守護者だ」

「え?」

振り返ると、ヒメが厳しい表情をしていた。

ヒメの視線の先には、あの青年がいる。

「守護者――そうであろう」

「良くご存知で」

青年が暢気に答える。どこか、相手を小馬鹿にしているような態度。

「お前がここにいるということは、やはりそやつは魔導師なのだな」

「そやつ呼ばわりはひどい。ですがそのとおりですよ。この方は、我が主です」

理子は二人の会話についていけなかった。

言葉の意味がわからない。

日本語に聞こえない。

「またわけのわからないこと言って・・・。ヒメ、ちゃんとわかるように言って」

「あやつは守護者なのだ」

ヒメは青年を指差し、青年は肩をすくめる。

「文字通り、魔導師を守護するものだ」

理子が苛立ちを覚えたのは、そんなこともわからんのか、といわんばかりのヒメの態度ではなく、その言葉をヒメが口にしたからだ。

「また『魔導師』!?いい加減にしてよ。リオはそんなものじゃないって言ってるでしょ。そう納得してくれたはずじゃない」

「うむ。だがやはりリオは魔導師だったようだ」

守護者がいるのが何よりの証――。

ヒメはそう続けようとしたが、理子の鋭い声がそれをさえぎる。

「やめて!いいけげんにして!」

「…しかし守護者が……」

弱弱しくそう続けながらも、ヒメは自分の意見を翻す気はないようだった。

理子は青年を見据えた。

ベッドの傍らに立つ様子は、ヒメの言うとおり、リオを守ろうとしているようにも見える。

「あなた!誰なんですか!?」

「そちらのお姫様の言うとおりですよ。私は守護者です」

「リオの何なんです!」

「アナタの弟さんとはまったく関わりはありません。ですがこの肉体の中には「魔導師」がいるのです。ですからこの肉体を守護するのが私の役目です」

「この肉体――て何なんですか!やめてください、そんな言い方!リオは眠っているだけです!」

「いえ、あなたの弟は死にました」

声が出なかった。

ぎゅっと心臓が縮んだようになって――。

何も見えない。

何も聞こえない。

「不幸、としか言いようがありません。そんなに大きな事故ではなかったでしょう。飛び出した車と接触転倒した。その際の打ち所が悪かったのでしょう。そのままリオさんは帰らぬ人になってしまったのです。人間、しぶといようでいて、簡単に死んでしまったりするから油断がなりませんね。そしてなぜその魂の消えた肉体に魔導師の意思が重なってしまったのかは私にもわからないんです。それこそ事故のようなもので」

いった後、ぷっと小さく吹き出す。

「私、今うまいこと言いました?」

「いい加減にしろ!」

一喝したのはヒメだった。

「理子の気持ちを少しは考えろ!」

「知りませんよ、そんなこと」

「きさま、いい加減に――!」

ヒメはどうしても守護者の態度が許せない。

「ヒメ、いいよ、別に」

しかし、当の理子は、そう言った。

「そんな話、信じないし。リオが目の前にいるのに『死にました』はないよね。笑っちゃう」

その声は、なぜか虚ろに響く。

「理子…」

彼女に賛同することが、ヒメには出来なかった。

守護者は、真実をしか、口にしていないとわかるからだ。

「信じたくないようですが、事実ですよ」

理子は守護者を睨み付けた。

守護者はますっぐに理子の視線を受け、彼女を見つめ返す。

理子は視線を逸らした。

その視線は宙をさまよって、弟のまぶたのとじられた顔の上に止まった。

「リオ、起きて。目を開けて」

「よしなさい。無駄なことは」

「リオ。おきてよ。目を開けてよ」

守護者は、理子を止めなかった。

ただじっと理子を見つめている。

彼女は、いづれ諦めるしかないとわかっているから、何も言わないのだ。

ヒメもまた、何も言えずにいた。

理子にかける言葉を、持ち合わせていなかった。

目を開けない弟に言葉をかけつづける理子。

同じ言葉を何度も何度も。


起きて。目を覚まして。

起きて。目を覚まして。

起きて。目を覚まして。

起きて。目を覚まして。

起きて。目を覚まして。

起きて。目を覚まして。


そうしながらも、彼女にはわかっていた。

リオが目を覚ますことはない。

あの日から、もうずっと意識がないのだ。

その原因は、不幸な事故の後遺症などではなく、『守護者』の言葉の通りだと、なぜか理解できた。

「どうすればリオは目を覚ますの・・・」

ついに、理子は言った。

「さて、そうですね――」

答える途中、守護者は笑みを浮かべた。

たとえ邪な心がそこにあったとしても、誰もそれに気づくことは出来ないだろう、清々しくさえある笑みだった。

「そうですね。あなたが『クサビノヒメ』となればよいのです」

「え?」

驚いたのはヒメ。

「そうすればリオは目を覚ますの?」

「ええ」

理子に答える守護者は、笑顔を大きくして頷いた。

「わかった。なる」

「だめだ!」

理子の静かな声と、ヒメの悲鳴が重なった。

そして、理子は消えた。

元からこの世界には存在などしていなかったように、忽然と。

「理子!」

ヒメは叫んだ。

しばし呆然となる。

我に返ると守護者を睨み付けた。

「理子をどこへやった!」

「あなたの良く知る場所ですよ。クサビの城です」

「理子を返せ!」

「返せ、と言われても・・・。クサビになることを望んだのは彼女ですよ」

「そう仕向けたのはお前だろう!」

「ふむ」

守護者は顎に手を当てた。

今初めて気づいた、とでも言わんばかりの態度。

がっと頭に血が上った。

ヒメは守護者に飛び掛った。

難なくあしらわれる。

鬼のような目で守護者をにらみつけると、ヒメは、ベッドの傍らの小机に置いてある花瓶を手に取った。

力任せに床に叩きつける。

花瓶は粉々に砕け散る。

守護者は、ヒメが何のつもりでそうしたのかわからず、ただ見ているだけだった。

ヒメは砕けた欠片の一つを取る。

破片の鋭い切っ先を、リオの喉元にすばやく突きつけた。

「理子を返せ!」

「脅しですか」

守護者は冷静だった。

「無駄なことです。やめなさい」

感情のぬけ落ちた声だった。

人形が発する声のようだった。

それでも、吐き出した言葉がナイフとなって突き刺さる――そんな声音だった。

「やめておきなさい。無駄なことは」

守護者が繰り返す。

「理子を返せ!」

ヒメもまた、同じ言葉を叫んだ。

「それは出来ません。たとえ私が仕向けたことだとしても、選んだのは彼女自身なのですから」

「どうして理子なんだ!」

発作的な激情は何とか静まった。

もちろん怒りは消えていない。

「なぜ理子なんだ!」

ヒメは叫ばずにはいられなかった。

「彼女だったんですよ。この世界における、次なる『クサビノヒメ』は。だからこそ、あなたは彼女の元に現れたんです。気づいてませんでした?」

「そんな・・・」

ヒメはそう呟き、言葉を失う。

理子がクサビノヒメ・・・。

なら遅かれ早かれ、理子に待っていた運命は同じだったのか・・・。

「どうして・・・どうしてなんだ!」

「どうして彼女が選ばれたか・・・。それはわかりません。理由などないのです。ただ彼女は選ばれた。その事実があるだけです」

「何なのだ!何なのだ、一体!」

どこに向ければいいのか分からぬ怒り。

ヒメは叫んでいた。

「さて、何なのでしょうね」

守護者を睨み付ける。

鋭い視線は、しかし守護者を通り抜け、さらに奥に向かっている。


ヒメこそがクサビであったから、その役割をおぼろげながらも理解している。

クサビは、世界に輪郭を保つためにある。

一つ一つの世界の形を整えるためにある。

決して交じり合い、混沌を生み出さないためにある。

つまりクサビは、世界への人身御供なのだ。

その生贄に理子が選ばれた。

許せない。

ヒメの怒りは世界に向けられていた。

そして――

理子を助けたい。

それは強い願い。

しかしヒメにはその術がなかった。

どうすればいい。

どうすればいいのだ。

「あ」

守護者が突然声を上げたが、ヒメは気づかなかった。

「あなたの想い人が、帰ってきたようですよ。どうやら祈りが届いたようですね。これは奇跡としか言いようがありませんよ」

その声は耳に届いた。

守護者を見る。彼の視線を追って振り返った。

理子が倒れていた。

「理子!」



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