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夜。

病室。

リオは眠り続けている。

ずっと眠り続けている。

だから室内でどんな変化が起こっても気づかない。


空気が人の形に凝り固まっていく。

密度を増し、膨れ上がり、切り抜かれるようにして、黒い人影になった。

同じ現象が、二度、続く。

現れたのは、黒ずくめの三人。目元だけをあらわにしている。

三人は、ベッドの傍らに、並んで立っている。

表情のない同じ目で、眠るリオを見下ろしている。

すー…と、三人の腕が、同時に上がる。

その手には刃物が握られている。

切っ先は鋭い。

しかし冷たい光を放つことはなく、刀身は何かを塗りつけたように、黒くぬめっている。

三つの腕が、一本の腕のように、いっせいに振り下ろされる。

そして、三人の体は吹き飛んでいた。

壁に激しくたたきつけられる。

しかし、衝撃音が響くことはなかった。

衝撃に部屋がゆれることもなかった。

三つの体は、三枚の羽毛でしかなかったように、室内には、何の変化もなかった。

壁にたたきつけられた三人は、だが、相当の衝撃を受けているようだった。

うめき声すら上げないが、床にひざをつき、あるいは手を突いて、苦痛をこらえているのがわかる。

六つの目が、その胸にナイフを突き立て、命を絶つはずだったリオに向けられる。

リオの体から何かが出ていた。

白い煙のようなもの。

それは人の上半身を形作っているように見えた。

まるで、魂、霊魂が抜け出しているようにも見える。

輪郭をにじませていたその白い影が、やがてはっきりと形を成す。

人間になった。

青年だ。

青年が立っていた。

ひざから下をリオの体に埋め込んだまま。

ぼそ、と黒ずくめの一人がつぶやいた。

「守護者…」

青年がにっこり、笑った。

「正解です。予習は済ませてきているようですね」

黒ずくめの三人が、ゆらりと立ち上がった。

六つの目に殺意が揺らぐ。

三人はこの世界の住人ではない。

守護者にわかっているのは、それだけである。

なぜ、魔導師の命を狙ったのか?

その目的は?

彼らの正体は?

それらはわからない。

しかし、三人――

三人とは、いかにも少ない。

この人数で、魔導師をどうにかできるとでも思っていたのだろうか?

確かに魔導師は、世界が存在する限り、眠り続ける。

ならば、その命を奪うのは、実にたやすい――そう判断されたとしても、仕方ない。

しかしだからこそ「守護者」がいるのだ。

つまり彼らは、守護者に対しても、三人いればどうとでもなる、と判断したということだ。

甘く見られたものだ。

それが守護者の感想である。

だが彼が手を下すまでもない。

三人は、魔導師に指一本触れろことは出来ないだろう。


守護者が歩を進める。

黒尽くめの三人には、彼のひざから下が見えない。

まるで幽霊が近づいてくるようだった。

黒衣たちが身構える。

「無駄ですよ」

守護者がそういった瞬間、黒衣の一人が消えた。

何の前触れもなく、最初から彼は存在していなかったように、突然に消えた。

仲間が消えたことに、残りの二人は、さすがに動揺を見せた。

守護者をにらみつける。

もう無表情ではいられないようだった。

守護者は四つの視線を受けて、困ったように肩をすくめた。

「私ではありませんよ」

その言葉が終わらないうちに、黒衣の一人がまたしても消えた。

残る一人から息を呑む気配があった。

瞬時に冷静さを取り戻すと、殺意と鋭い切っ先を守護者に向ける。

どんな手段でかは知らないが、仲間たちを消したのは、守護者だと断定しているようだった。

それでも青年は言う。

「だから私ではありませんよ。あなた方を消去するのは」

残る黒衣も、守護者が言い終わる前に消えた。

「あ」

守護者が声を上げる。

「ああ・・・」

消え入りそうな弱い声で息を吐く。

「ちゃんと説明できなかった・・・」

唐突に自身の存在を消去された黒衣たちよりも、彼らに話したかったこと――

「あなた方を消去しようとしているのは「世界」そのものです。

いくらクサビが抜け、境界があいまいになったとはいえ、やはりここではない世界から来たあなたたちは「異物」でしかないのです。

「世界」は「異物」を排除しようとする――それが世界の「本能」ですから」

――それが、ほとんど何も言えなかった自分を、哀れんで嘆いているのだ。

うつむけていた顔を守護者が上げた。

視線が病室の扉に注がれる。

彼にしか見えないものを見ているような視線。

やがて、にっと口元が緩む。

「おやおや、珍しい」

守護者の呟きが終わると同時に、扉が開き、その向こうに、ひとりでに開いたドアに、目を丸くしている少女が立っていた。

「どうしました。遠慮はいりませんよ。さあ、お入りなさい」

守護者は少女に微笑みかける。

すぐには少女は動かなかった。

病室に一歩を踏み出すことは、すなわち彼女が今まで生きてきた世界から一歩を踏み出し、永遠の別れを告げる――そう感じているような、長い逡巡を見せる。

そして、歩を進めた。

彼女の両足が病室の床を踏む。

「あ」

守護者が声を上げた。

少女の体が震える。

「ドアは閉めてくださいね」

その声にゆっくりと息を吐いてから、少女は、静かにドアを閉めた。

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