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シャッキリ目覚める理子にしては珍しく、寝起きの顔はまだ夢の中にいるような、ぼやあ、としたものだった。

寝たりないわけでもないのに、頭がボーっとする。

頭の中に、空気の塊を押し込められたような感じ。

今日は朝から調子悪いなあ。

思うともなしに思いながらベッドから降りたとき、反射的に身をすくませてしまう。

ヒメが布団の中で穏やかに眠っていたからだ。

そうだったそうだった、すっかり忘れていた。

「ヒメ、朝だよ。起きなあ」

ヒメの寝姿は、最後に見たときと変わっていない。

布団も乱れたようには見えない。

寝相はかなりいいようだった。

意外である。

「ヒメ、起きろお」

反応はない。

「ヒメ、朝だよお」

体をゆする。

起きない。

死んだように眠っている。

ふう。

ひとつため息をついて、理子はヒメを起こすことをあきらめた。

階下に降り、朝食の用意をしている母に挨拶する。

ヒメの様子を問われ、まだ寝てる、と答えると

「お寝坊さんねえ」

と、うれしそうに笑った。

すでに娘が一人増えたつもりでいるの違いない。

洗顔等一通りを済ませ、着替えるために部屋に戻ると、ヒメはまだ眠っていた。

着替えを済ませ、麦丸と散歩に行くことを母に告げ玄関を出る。

麦丸は尻尾を振って待ち構えていた。

準備万端のようである。

「おはよう、理子」

「おはよう、麦丸。昨日はごめんね」

「問題ない。俺は気にしていない」

「うん、ありがとう」

理子は微笑む。

その場で、屈伸運動を始めた。

体がほぐれたところで、麦丸の首輪をリードに付け替える。

心得ている麦丸は駆け出す。

理子も駆け出す。

散歩とはジョギングのことだった。

家に戻ってきたときにはさすがに汗をかいている。

ヒメは起きていた。

「どこに行っていたのだ?」

「散歩」

シャワーを済ませ制服に着替え登校する理子に、ヒメは当たり前のようについてきた。

(麦丸は「俺はもういい。飽きた」と言って、今日は一緒に来なかった)


ヒメは理子のクラスに完全に溶け込んでいた。

クラスメイトの誰一人として、ヒメを、昨日突然現れた不思議な少女、として、認識しながら、違和感を持っていないようだった。

教室内には、私語が飛び交っている。

授業中だというのに、教師は一言も注意しない。

そこにいない誰かに読み聞かせるように、教科書を読み、黒板にチョークを走らせる。

妙な雰囲気。

違和感。

前はこうではなかった。

昨日からだ。

昨日から様子が変になってしまった。

ヒメを横目で見る。

すっかり周囲とうちとけている。

もう誰に対しても分け隔てがない。

私語の中心のひとつは明らかにヒメだった。

でも理子は注意することをしなかった。

場の空気がそれを拒んでいる。

途中まで理子はまじめにノートを取っていた。

でも馬鹿らしくなる。

クラスメートとのおしゃべりに加わった。

放課後になった。

今日は部室に顔を出す。

ヒメもついて来たものだから、ちょっとした騒ぎになった。

いつの間にかヒメは有名人になっていて、しかも、美少女転校生とか某国のお姫様とか、色々と尾ひれがついてきて、その真相を知りたい部員たちからの、質問攻めにあってしまったのだ。

もちろん三十秒も経たず、ヒメは癇癪を起こした。

「えーい!うるさい!うるさい!うるさいわ!」

叫んで部室を出て行ってしまった。

呆気にとられる部員たちの中で、いち早く立ち直ったのは、やはり理子。

部長に一言断りを入れ、ヒメを追いかける。

(その際、そのままもう帰ることにすると告げた。理子の事情を知っている部長は、もちろん了承した)

ヒメは校門のそばに立っていた。

通りがかる生徒たちが興味深げに視線を投げかけてくる。

ヒメはむっつりと黙り込んでいる。

何かに気づく。

理子だ。

途端にそわそわしだす。

きつく唇を結んでいるのだが、今にも頬が緩みそう。

理子が目の前まで来ると

「遅いぞ」

怒ったように言った。

そのくせ、表情は緩んでいる。

ヒメの態度が照れ隠しだということはわかったが、それでも理子はひとこと言いたくなる。

「おそいぞ、じゃないでしょ。勝手に出て行ったくせに」

「皆がうるさくするからだ。これでも我慢して聞いていたのだぞ。しかし何を言われているのかさっぱりわからなかった。だから出てきたのだ!」

自分の正当さを主張するヒメに、理子はあきれる。

「我慢、て・・・。三十秒と持たなかったくせに」

「もういいではないか、そのことは。それよりもこれからどうするのだ。帰るのか?」

最初からねちねち責めるつもりはない。

理子は答えた。

「ううん、病院」

「リオに会うのだな!」

「そうだけど」

なぜか誇らしげに胸を張るヒメ。

「何なの?」

思わず理子はたずねている。

「リオは我が輩の弟になるのだな!?」

ずいぶんと気の早いことだ。

もう天音家の一員になったつもりっでいるらしい。

しかしヒメがリオの姉になる、といったほうが正しくないか?

いや、それも違う。

「どっちかって言うと、ヒメが妹じゃない?」

「いや、我が輩が姉だ。リオが弟なのだ!」

譲る気はないらしい。

それはいいとして、ひとつ確かめておかなければならないことが、理子には出来た。

「もしかして私もヒメの妹、てことになってるんじゃないでしょうね」

「いや、違う」

きっぱりとヒメ。

「理子は、その、我が輩の」

急に歯切れが悪くなる。

「お、お姉さん・・・」

真っ赤になりながらも言い終える。

胸にずきゅんと来た。

鼓動が高鳴る。

ときめいてしまった。

ヒメを今すぐ抱きしめたくなる。

どうしても頬が緩むのを、理子は我慢できなかった。

「わかってるじゃない」

ニコニコ顔で理子はヒメの頭を撫でる。

小さな子供のように扱われることに怒ったように唇を結ぶヒメ。

やはり、どうしても頬が緩むのは止められない。


病院の受付で手続きを済ませる。

昨日と同じように、ヒメは静かだ。

リオの病室の前に二人そろって立つ。

ドアを開けた。

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