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てっきり臨時休校になると思っていたのに、平常どおり授業は開始された。

学校側のマイペースにあきれるやら、危機感のなさにこちらが危機感を覚えるやらだ。

不審者が校内に侵入していたというのに。

もしあの男がテロリストだったら(さすがにそれはないと思うが、断言できるはずもない)どうするつもりなのか。

爆弾とか毒ガスとか大量破壊兵器を仕掛けていたらどうするつもりなのか。

とりあえず警察は呼んだようだが、ここは念のために全生徒を帰宅させ休校とすべきではないのか。

さすがに数人の教師で校内に不審物がないか見て回っているようではあるが、やはりここは休校にすべきだろう。

いや、決して授業をサボりたいから、とかではない。

そしてさらに言うなら、なぜ生徒でもないものがここにいても、誰もそのことを指摘しないのか。不審に思わないのか。

ヒメは当然のように理子の隣の席に座っていた。

本来ならそこは武藤カケルの席だ。

彼は教室の後ろに立っている。

ヒメはもちろんそれを当然のことと受け止めている。

「ごめんね、武藤君」

と言ったのはもちろん理子。

ヒメから武藤への感謝の言葉はまだない。

「平気。気にしないで。女子を立たせるわけにはいかないし」

「それはよい心がけだな、ムトウクン。感心するぞ」

「ありがとう」

「そうじゃないでしょ!」

ヒメの言葉に武藤は笑い、理子は怒った。

「ありがとう、でしょ。ヒメが言わなきゃならないことは。ヒメのほうこそ武藤くんにお礼を言わなきゃならないのよ」

むう、とうなるヒメを、理子は睨み付ける。

「・・・ありがとう、ムトウクン」

しぶしぶ、といった感じだ。

ここらがこもってない!と叱り付けてやりたかったが、武藤本人は気にしていないようで

「どういたしまして」

笑って答えたので、理子は結局何もいえなかった。

物足りない顔をしている理子に、三沢が聞いてくる。

「天音ってこの子の保護者?」

「え?違うけど」

「それにしちゃあ口うるさいね」

「だってあんまり礼儀知らずだからさ。一言言いたくなるじゃない」

「やっぱ保護者じゃん」

「何でそうなるの」

「そうだぞ。理子は我輩の下僕なのだ」

「我輩?」

「下僕?」

「はあ?」

三沢の誤解を訂正したヒメは、誇らしげに胸を張っている。

三沢と武藤は、ヒメの言葉を不思議そうに繰り返し、理子はそのとんでもない内容に、さすがに黙ってはいられない。

「ちょっと。何好き勝手言ってるの」

だがスルーされた。

「ヒメちゃんは自分のこと、我輩って言うのか」

「変か?」

「いや、いいんじゃない?個性的でさ」

「おお、いいやつだな、お前。名はなんと言ったかな?」

「三沢」

「三沢、お前はいいやつだ。理子なんぞは大笑いして馬鹿にしよったのだぞ」

「それはひどいな。でも、ま、天音だし」

「どういう意味だ」

「いや、こう見えてひどいやつなんだよ、こいつ。血も涙もないとはこいつのことだな。言いすぎだけど」

「まるで悪鬼羅刹だな」

「いや、よくわからんけど」

もう黙ってはいられない。望みどおり鬼になってやろうでゃないか。

「三沢。あんたが私をそんな風に見てただなんて結構ショックだよ。そしてヒメ。よくも好き勝手言ってくれたわね。後が怖いよ」

睨み付ける。かなり本気で。

小さく身をすくませてヒメを見て、いい気味、と思ってしまう自分は、やはり性格が悪いのか。

「ヒメちゃんビビらすなよ。ひどいやっちゃなあ」

「う、うるさいな」

「あれ、反応弱いね。もしかして自分でもそう思ってた?

あ、図星だ」

「そうか、よかった」

ヒメがほっと胸をなでおろした。

「自覚はあったんだな」

すぱーん!と小気味良い音が鳴った。

理子が思い切り姫の頭を平手ではたいたのだ。

驚いて目を丸くしてから、ヒメは頭に手をやる。

「痛いではないか!」

真っ赤になって怒っている。

発作は突然やってきた。

「ぷ」

我慢できず、理子は吹き出してしまう。笑ってしまった。

「あははははは」

あはははは、うふふふふ。笑い続ける理子に、クラスメートは呆れている。

つられて笑ってしまうものもいる。

もちろんヒメは怒っていた。

「何を笑うのだ!我が輩はちっとも面白くないぞ!」

それでも理子はしばらく笑い収まらず、やっと落ち着くと、ふう、と一息ついて

「ごめん」

「ごめんではないわ!」

まあまあまあ、と女子の一人がヒメをなだめる。

別な女子が、理子に尋ねてきた。

「でも何がそんなにおかしかったの?」

問われて考える理子。

「さあ?」

自分でも良くわからなかった。

それこそ、発作が起こった、としか言いようがない。

「あー、でもそういうことあるよ。ツボにはまったっていうか」

「昔はそういうの「箸が転げてもおかしい年頃」っていったんだよね」

「そうなの?」

「うん。多分」

笑いの発作がおさまると、笑い声と一緒に体の熱も持っていかれたように、妙に冷静になっている自分に、理子は気づいた。

いやな感じだった。

自分ひとりがこの場から浮いているような感覚だった。

でもそうなのだろうか。

まがりなりにも授業中だと言うのに、騒ぎ立てる生徒を、教師は注意もしない。

黒板にチョークを走らせている。

生徒たちがおとなしくノートを取っているものと信じ込んでいるかのように。

今朝の出来事で、気もそぞろなのだろうか。

生徒たちは軽い躁状態なのかもしれない。

何かおかしい。

違和感。

今朝も感じた違和感だ。

胸の奥がざらりとする。

気持ち悪い。

その一方で、そんなことをいちいち気にする必要はない、という自分もいる。

いつもはそんなこと気にしないではないか、感じないではないか。

基本的に、自分はもっと能天気ではないか(いや、断じてバカだという事ではなく)。

それを肯定する理子もいる。

いつもと調子が違うのも無理はない。

今日は朝から大変なことばかり起こっているんだから。


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