第9話 リリー
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「クレア様、お迎えに上がりました」
クレアに声を掛けた女性は、ふわりと優雅な仕草で近寄ると、目前で音もなく立ち止まって辞儀をした。
その淡い翠色の瞳に、プラチナブロンドをたなびかせた人物は、イザベラの侍女であるリリーであった。
これまで、クレアとは殆ど会話をしたことがない人物である。
「さあ、わたくしと共に参りましょう」
クレアは、突然自分に差し出された手に対して目を見開いた。
「……リリー。貴方、自分が何をしているのか分かっているのよね」
「はい」
「…… 貴方、ここにいられなくりますわよ」
「元より覚悟の上でございます。……さあ、共に参りましょう、クレア様」
真っ直ぐ自身に対して差し伸ばされた腕を取ることをクレアは躊躇ったが、リリーの穏やかな笑みを見ていたら自然と腕が伸びていた。
リリーの手を取ると、その温もりに安堵感を抱き何か表現し難い感情が込み上げてくる。
「それではトスカ皇女様。これからクレア様をご案内させていただきますのでこれで失礼をさせていただきます」
「……好きにしたらいいですわ。ただし、これから貴方の居場所など無いと思いなさい」
「はい」
リリーは眉一つ動かさず穏やかな表情で応えて、クレアを連れ立って衣裳室を退室して行ったのだった。
◇◇
リリーに連れて来られたのは、皇女宮の一階の角に位置する空き部屋だった。
室内に入るとまず視界に飛び込んできたのは、室内の中央に置かれた紫色のドレスだった。
幾つもの上品なレースがあしらわれ、スカートの部分には繊細な刺繍が施されている。
煌びやかな宝石が胸元やスカートに散りばめられているが、決して品が欠けることはなく、むしろそれらがドレス自体が持つ華やかさを引き立てているようである。
「クレア様、お待ちしておりました」
ドレスに気を取られていたので、不意に声がかかったように感じてビクリと身体が跳ねる。
振り返ると、そこにはアンナが立っていた。
「アンナさん……?」
「さあ、時間がありません。すぐに取り掛かりましょう」
皇女の手前、おそらくアンナはこれまで自ら動くことはできなかったのだろうと思ったが、それを言葉にする間もなく、クレアは瞬く間に着ている衣服を脱がされ、人肌のお湯で固く絞った布を丁寧に肌に当てられてからコルセットを締められた。
リリーの手際の良さとアンナの補助の正確さに感嘆の息を漏らしていると、いつの間にか先ほどの煌びやかなドレスの着付けも終了していたのだった。