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第5話 困っている下女

ご覧いただき、ありがとうございます。

 あれから三日後。

 クレアは、未だに皇太子の披露パーティーの際に必要なドレスの調達をすることができずにいた。


 やはり食事を抜きにされるのを覚悟の上で、第二皇女のトスカにドレスを借りるべきなのだろうか。

 ただ、食事を抜きにされるだけならなんとか我慢はできるのだが、今回は果たしてそれだけで済むのかどうか。


 というのも、もしトスカのドレスに手を加えるとすると再犯扱いされ、前回は三日だったのだが今回は更に伸びて、例えば一週間になる可能性もあり、それは正直に言って恐ろしくないとは言えなかった。

 とはいえ、第一皇女のイザベラに貸してもらうように願い出るのは気が進まない。


 何故なら、イザベラはトスカよりも、クレアが人質であることを差別をしているからだ。

 たとえもう着ないドレスなのだとしても決して貸してくれることは無いだろうが、万が一あったとしたら、その際はおそらく食事を抜きにされることよりも厳しいペナルティが待っているのだろう。


 そう思考を巡らせながら、用具室へと向かった。これから皇女宮内の掃除に取り掛かるのだ。


 昨日は一階の部屋をしたので、今日は二階の部屋をする予定だが、何せ二階だけでも三十部屋以上あるのだ。

 今はまだ朝の八時だが、きっと一日がかりで取り掛かっても今日中には終わらないだろう。

 皇女宮の下女たちは、昨日クレアが一階の掃除ができなかった残りの部屋の掃除に取り掛かると言っていたので、一緒に掃除をする者はいないと思われる。


 ともかく用具室に入り掃除用具を取り出していると、突然盛大なため息が聞こえた。


「……はあ。どうしよう……。正直に報告したら、あの方はきっと想像もできないようなお咎めを受けるんだわ……」


 クレアはその声の内容がとても気にかかったので、声がした方向に視線を移してみると、そこにはお仕着せを着て(うずくま)いる女性がいた。


「……如何されましたか?」


 女性はビクッと身体を跳ね上げ、クレアに気がつくと小さく息を吐き出した。


「……クレア様」

「こんなところで蹲って、どうかなされたのですか?」


 下女は、本来王族であるクレアとは気軽に会話をできる立場ではないのだが、この皇女宮では下女以下の立場であるクレアに対して、大半の下女は礼儀を気にせず気楽に話しかけていた。

 

 ただ、クレアは目前の彼女とはこれまであまり話したことはなかったはずで、確か名前はアンナといっただろうか。


「…………実は、紛失した物があるのです」

「紛失した物ですか。それは何ですか?」

「いえ、それは、その……」


 何かとても言いだしにくそうな雰囲気を醸し出している。だが、それも無理もないのかもしれない。

 何しろクレアは下女の格好をしてはいるが一応王族であるし、彼女とはあまり会話をしたことがないのだ。

 クレアへの信頼が殆どないので、自分の過失を打ち明ける気持ちになどなれないだろう。


「大丈夫です。私は絶対に他言などしませんから。……そもそも打ち明けられるほど、親しい人はいないのですが……」


 それは事実ではあるが、何となく自虐を含んでいて自分で心を抉ってしまったように感じ、クレアは心の中で小さく苦笑した。


「……そうですか……」


 アンナも何と答えてよいのか分からないのか、半眼でチラリとクレアを見て少し間を置いてから切り出す。


「……クレア様。実は書物を紛失してしまいまして……」

「書物ですか。それはどういったものですか?」

「えっと、それは……、ちょっと待っていてください」


 アンナはエプロンのポケットから、小さな紙を取り出してその文面を読み上げていく。


「それは占星術の本でして、明るい茶色のカバーがかけられています。厚さは中くらいの厚みで、表紙には星の絵が描かれています」

「占星術の本……」


 クレアはそれを聞いた途端、何かを思い浮かべた。

 よく思考を巡らせてそれが何だったかを思い出してみると、一つのことに思い当たる。


「もしかして、第一皇女、イザベラ様のご本でしょうか」

「…………!」

「違いましたか?」

「い、いえ! 間違っていません。その通りです」

「やはりそうでしたか……」


 となると、先程のアンナの呟きの意味を痛いほど理解をすることができた。何しろイザベラは気難しくて他人の失敗を特に嫌うのだ。

 おそらく自分の本を下女が紛失したなどと知られてしまえば、それこそアンナは再起不能になるまで罰を課されるだろう。


 そう思うと、たちまち恐怖心がクレアの身体中に駆け巡った。以前に食事を抜きにされた時のことを思い出したのだ。


 ──あのような思いを、誰かにさせてはならない。


「アンナさん。私も捜索を手伝いたいのですが、自分に課された仕事があるので全面的には協力することはできないのです。ですが掃除をしながらであれば、捜索に協力することができるかと思います」

「本当ですか?」


 アンナはギュッとクレアの手を握り締めた。


「ありがとうございます、クレア様!」

「いえ。それでは早速取り掛かりますね」

「はい! 私は先ほど一階を見て回ったので、三階を捜索します」

「はい、分かりました」


 そうして、二人は掃除をしながら紛失物の捜索をした。


 ただ、先ほどアンナがひとり言で言っていた「あの方」とは誰なのだろう。今回の過失と関わりがあるのだろうか。

 そもそもアンナ本人が犯した過失ならば、あのようなメモを用意などしていないはずだ。


 そう漠然と思いながら、クレアは各フロア内の掃除を行いながら本も探し回っていったのだった。

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