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第19話 久しぶりの入浴

ご覧いただき、ありがとうございます。

「あの……一人で入れますから……」


 あれから、クレアは離宮の一階の奥にある大浴場の手前の脱衣所にリリーとアンナと一緒に訪れていた。


 クレアは、この帝国に連れて来られてからこれまでお風呂になどほとんど入ったことがなかった。

 というのも、かつて乳母のメリッサと共に住んでいた離れにはお風呂などの設備は付いていなかったので、普段は洗面器に張ったお湯で濡らした布を固く絞り清拭をして過ごしていたのだ。


 最初は乳母がやってくれていたが、途中からはここでは自立して生きていかなければいけないと、クレアは自分から率先して拭くようになったのだった。


 また、皇女宮には豪華な大浴場が常設されていて、クレアも連れてこられた当初は使用することができたのだが、下女の服を着るように強制されてからは大浴場の使用も禁止されてしまった。

 なので、昨日まではやはり清拭をして過ごしていたのだった。


 だから、クレアは一国の王女であるにも関わらず殆どお風呂に入ったことなどなく、ましてや誰かに身体を洗ってもらうことなど久しくなかった。


「いいえ、これからは皇太子殿下の婚約者様としてこの離宮でお過ごしになられるのですから、お世話はわたくしたちにお任せくださいませ」

「私は侍女ではないのでお身体に触れることは叶いませんが、できる範囲で精一杯お世話をさせていただきます」


 リリーもアンナも、突然ここに連れて来られて戸惑いもあるだろうに、二人の意気揚々とした表情からはそのような戸惑いなど一切感じられなかった。

 むしろ、これからここで働くことができることへの期待感や希望に目が輝いているようにも感じられた。


(そうだわ。ここで私が拒否をし続ければ、二人の仕事を奪うことになってしまうかもしれない)

 

 そうなれば、二人はこの第二宮で満足に働くことができず、肩身の狭い思いをするかもしれない。

 二人のためにも、それは何としても避けなければならないと思った。


「……分かりました。それではお願いできますか?」


 途端に、二人の表情が更に明るくなった。


「もちろんです! それではクレア様、失礼をいたします」


 リリーは、丁寧な手つきでクレアの身につけるドレスを一つずつ脱がせていった。コルセットも外してクレアがシュミーズ姿になると、リリーの手が止まる。


 先ほど、ドレスを着せてもらう時にも肌を晒しているので把握をしているとは思うのだが、あの時は時間がなくてそれどころではなかったのもあり気に留めなかったのかもしれない。だが、今はそうもいかないだろう。


 クレアの身体は痩せ細っていた。

 長年、一日に二食のパンに一週間に一度、気まぐれにサラダを食べられるという生活を五年もしていればそうなるのも無理もない。

 離れで乳母のメリッサと一緒に暮らしていた時は自炊してはいたが、しっかり三食食べることができていたので、もう少し肉付きはよかったのだ。


 正直なところ、見窄らしい身体を何度も人の目に晒したくなかった。

 先ほど着付けをしてもらった時も、リリーは「コルセットは必要ないかもしれない」と言っていたが……。


 気になってリリーの方を見上げてみると、特に動じた様子もなく特に先ほどと変わった様子はなかった。

 胸を撫で下ろすと、いつの間にかシュミーズも脱いでいて、浴場に立っていた。


「凄い……、とても広いのね……!」


 大浴場はとても広かった。

 加えて天井も高く、浴槽は十人くらいもの大人が浸かってもまだ余裕がありそうなほど広い。なんなら泳ぐことも可能だろう。


 そういえば、皇女宮の浴室もとても広かったが、ここはその比ではないほど広く、室内の材質や調度品の質などどれをとってもこちらの方が遥かに上のように感じる。


「それではクレア様」

「……はい、お願いします」


 国によって入浴の作法などは違うことが多いが、このブラウ帝国も祖国ユーリ王国とは違い、すぐに入浴するのではなくまず洗い場で身体を清めてから入浴するのだ。

 尤も、クレアは殆どこの国で浴槽になど入ったことがないのだが、それでも一応皇女宮で経験はしていた。


 浴室用の椅子に腰掛けるとリリーが洗浄用に布を優しく身体に当ててくれた。

 貴重な石鹸も上手に泡立ててくれて、クレアの身体が泡に包まれていく。


 こうして、誰かに優しく世話をしてもらっていると、ふと乳母のメリッサのことを思い出した。


 ここに連れてこられた当初は、メリッサに清拭をしてもらっていたからだ。


(メリッサに会いたい……)


 メリッサが亡くなって以来、それは叶うことのないことなので絶対に思わないようにしていたが、リリーの手つきが彼女のそれと重なったからだろうか。


 だが、悲しい気持ちに支配されず心地の良い感覚にがクレアを包んでいく。


 それは、きっとリリーやアンナが心から自分のことを気遣ってくれているかもしれないと、クレアは目頭に浮かべた涙を拭いながら思ったのだった。

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