第18話 宮殿のような新居
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「さあ、着いたようだ」
クレアはアーサーと護衛騎士たちと共に馬車に乗り込み、本宮から第二宮へと移動した。
そして、到着するとアーサーが一足早く下車し、クレアの手を取りエスコートをした。
馬車に乗ること自体が久しくなかったし、父親や兄以外の男性にエスコートをされる、ましてや手に触れることなど初めてだったので体が自然と強張っていくのを感じた。
気が昂まって鳴り響く鼓動の音を聞きながら、馬車のステップをゆっくり踏んで降車すると、目前には広大な宮殿が建っていた。
皇女宮も広く豪華な建物だと思っていたが、この第二宮は軽く見ただけでもゆうにその三倍以上はあるように見える。そして外観はまさしく絵に描いたような宮殿だった。
「凄く……立派な建物ですね……」
知識が乏しいので、月並みな感想しか伝えられそうにない。
「今日から君もここに住むんだ。君が援助を願いでた侍女と下女も至急呼び寄せておいたので、すでに中で待機をしているはずだ」
「…………え?」
またもや展開の早さにいまいち状況が呑み込めず、気の抜けた返事をしてしまった。
アーサーは、少しだけ口元を緩ませクレアの手を優しく取り、歩みを進める。
すると、玄関の扉に近づくと両脇に控えていた近衛騎士たちがすぐさま扉を開いた。
「「お帰りなさいませ、皇太子殿下、クレア様」」
扉の先には、ズラッと両サイドに立ち並んだ使用人たちが出迎えてくれた。
よく見てみると、お仕着せを着た女性やフットマンのコートを着た男性、それから貴族用のコート服を着た男性など様々な人々が二人を出迎えたのだった。
「ああ、ただいま戻った。皆、今日から改めてよろしく頼む」
「「はい!」」
周囲の人々は皆、穏やかな表情でアーサーを見ているようだった。
「皇太子殿下。こちらの方はご報告を受けた婚約者のクレア様に相違ありませんね?」
「ああ、そうだ。彼女も今日からここに住むことになったので皆準備を頼む」
「「はい、かしこまりました‼︎」」
玄関ホールで緊張から棒立ちになっているクレアの周囲には、いつの間にかリリーとアンナが立っていた。
「リリー様、アンナさん!」
「クレア様、何と感謝の言葉を告げてよいか……」
リリーは涙ぐみ、アンナも涙を浮かべながら微笑んでいる。
「私こそ、大恩のあるあなた方が理不尽な思いをしたらどうしようかと……」
自然と涙が溢れ落ちた。
それは乳母のメリッサが亡くなってから、初めて流した涙だった。
クレアの心はとうの昔に凍りついてしまったと思っていたのに、まだ震えることがあるのだとクレアはぼんやりと思った。
「これを」
スッと差し出されたのは、ハンカチだった。
すぐさま見上げてみると、アーサーがクレアに対してハンカチを差し出していた。その表情は無表情とも受け取れるものだが、どこか温かみも感じられた。
「ありがとうございます。皇太子殿下」
そっと受け取ると、思わず口元が綻んだ。
その時は気がつくことができなかったが、後でクレアはあの時自分は笑っていたのだと思った。
それは涙と一緒で乳母のメリッサが亡くなってからは初めての笑顔だった。
そうして、クレアの仮初めの婚約者生活の幕が開いたのだ。
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