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第12話 パーティーの始まり

ご覧いただき、ありがとうございます。

 そして、皇太子就任披露パーティーの開始直前。


 クレアは会場の主催席に腰掛けていた。

 彼女は、あくまでも表向きでは丁重にもてなされ、人権も尊重されていることになっているので、ユーリ王国の王女として皇女の隣に座っているのである。


 ただ、慣例であれば人質という非常に難しい立場の者たちは、必ずしもその国の王族と公式の場で肩を並べるわけではない。

 だが、普段クレアを蔑ろにしている分、公式な場で自分達と同席させることで丁重に扱っているとアピールしたい意向も皇帝にはあるのだろう。


 クレアは、もう殆ど感情を感じなくはなってはいるが、こうした皇帝の行いは到底理解できないし、同時に軽蔑もした。


 第一、皇帝はこの国をすべるものであり、当然、皇宮中の事態は把握しているのだろう。

 だから、皇女たちのクレアに対する嫌がらせという名の虐待同然の仕打ちも、把握していないわけがないのだ。


 とはいえ、皇女たちはクレアが予想もしていなかった姿で会場に姿を見せたので、驚いたとも悔やしさを通りこしたような表情をしていたが、内心は今でも憤怒を抑えきれないはずだ。

 ただ、公な場所だからか、そのような感情を微塵も感じさせず、穏やかな表情を浮かべ口元を扇で押さえてはいる。


 二人の皇女に対しては嫌なことを押し付けられてはいるが、皇女宮で毎日顔を合わせているのでまだ耐性はできていた。

 

 だが、中央の玉座に腰掛ける皇帝や皇妃に対しては普段会うことは滅多にないためか、同じ場にいるだけで空気が震えているように感じ、恐ろしさが込み上げてくるのだった。


 二人は決してクレア座る左方向に視線を移すことはなかったが、同時に二人の皇女を気にかけることもしなかった。


 この親子の間には何か深い溝を感じ、心に冷たい木枯らしが吹き込む感触を覚えていると、会場内に盛大なラッパの音が響き渡った。


「それでは、皆様方お待たせを致しました。この度、皇太子に立太子なさられましたアーサー=カン・ブラウ殿下のご入場です」


 途端に会場内の空気が張り詰め、皆一斉に立ち上がり会場内の視線が一気に前方の扉へと集まった。

 一呼吸置いた後に、両扉を護衛騎士たちが開けていく。

  

 コバルトブルーの瞳、美しく透き通ったようなブロンド、皇太子のみが着用を許可された礼服。胸元には皇太子の証の勲章が付けられている。


 この国の皇族は、皆一目見ただけでも威圧され嫌悪感や服従感が湧き出てくるのだが、何故か中央の絨毯をピンとした背筋で颯爽と歩く皇太子からはそういった感情は一切湧き出てこなかった。


 そもそも、クレアは彼とあまり面識はなかったはずだった。


 そう思っていると、皇帝と皇后の隣の席に座っている皇子たちから、何か刺すような視線を感じた。


 自分に対してのものかと思ったが、よく見ると彼らのその明らかに殺意を滲ませたような視線はどうやら皇太子に向けられているようだった。


 このような公な場所であからさまな敵対心を剥き出しにするなど、皇子たちはどうかしている。まあ、表面的に笑顔をつくっている皇女たちもどうかと思うが。


「新しい皇太子の就任を心からお祝い致します。それでは皆様方、グラスをお持ちください」


 そう考えを巡らせていると、宰相の声を合図に皆一斉にグラスを手に持ち始めたので、慌ててクレアも立ち上がりグラスを手に持った。


「乾杯!」


 たちまち周囲に拍手が響き渡る。


 そしてそれが鳴り止むと、会場内の張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。


(美味しい飲み物。これは果実水ね)


 このような機会でもなければ、滅多に口にすることができない飲み物を一口ずつ丁寧に慈しむように口に含む。


 普段は水しか口にすることが許されていないので、口内が久方ぶりの水では無い水分に驚いているようだ。


(でも……美味しい……)


 このような享受に心から感謝をしたいと無意識に両手を合わせていると、水を差すように隣に座るトスカがクレアにそっと耳打ちしてきた。

 あくまで穏やかな雰囲気を纏わせているが、その声は冷やかだった。


「そのドレス、どういうことか説明してくれない」


 やはりきたかと、内心ヒヤリとしたが、クレアはできるだけ表情を変えないように努めた。

 その実、心臓が激しく打ち付けて内心は全く穏やかではなかった。


「……はい。明日必ず説明をします」

「明日では遅い。晩餐が始まればダンスが始まるまで自由に行動ができるから、晩餐が始まったらわたくしについて来なさい」


 途端に恐ろしさからか身体が小刻みに震えてくる。一体どこに連れて行かれるというのだろうか。

 だが考えてみると、まだパーティーの途中であるし、万が一クレアに何かがあったとしたら流石に騒動になるだろうから、今トスカがクレアに危害を加える可能性は低いのではないだろうか。


 そして、命の保証がされているのであれば、あの二人の身の安全を約束してもらうチャンスなのかもしれない。

 そう思うと、クレアは決意をするように口をギュッと結んだ。

 

(なんとしても、リリーさんとアンナさんを守らなければならないわ。気を引き締めなければ)


「承知しました」


 何とか笑顔で答えたものの、給仕が目前に見目麗しく美味しそうな料理を次々と運ぶのを見届けると、席を立とうとする足に力が入らない。


 それに、これから起こるであろうことを予測するとやはり絶望が胸に湧き出てくるが、クレアはいつか乳母が「自分には希望がある」と言ってくれた言葉を思い出し、自分自身を奮い立たせたのだった。

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