第11話 アーサー
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ブラウ帝国の第三皇子として生まれたアーサー=カン・ブラウは、皇子であるが現皇帝の側妃アルダが母であるために、幼き頃から冷遇されていた。
また、父親である皇帝からは関心を持たれなかったためなのかこれまでほとんど会ったこともなく、住まいも本宮から随分離れた場所にある小さな離宮の一つを割り当てられていたのである。
アーサーは、乳母や侍女の手により育てられたのだが、皆どこか彼に対してはよそよそしかった。
幼い頃から、アーサーの母親は後宮で暮らしているので時折しか会うことはなかったのだが、素朴で優しく親切な彼女に対してアーサーは嫌な感情は持ち合わせてはいなかった。
ただ、母親は自分よりも皇帝の方に関心があるのだろうと、子供心にも感じてはいたが。
また、アーサーは七歳の頃から属国で暮らすように皇帝から命令されたので最近まで属国で暮らしていたのだ。
それは、皇帝が皇位を継ぐ可能性の低いアーサーには皇宮での教育は必要ないためだと判断したのだと、当時周囲の者は一向に囁いた。
ただ、いつも妾の子だと罵ってきた二人の兄らと離れて生活することができたので、辺境での生活は自由気ままで気楽なものだった。
また、皇帝の兄弟はすでに在命ではないため、アーサーの皇位継承権は三位と高位であったが妾の子ということもあり、周囲の者も誰も彼自身も彼が皇位を継ぐことになるとは微塵も考えていなかったのだった。
──三ヶ月前までは。
三ヶ月前に本宮にてブラウ帝国の皇帝による皇太子の指名式が開かれた。
属州から一時的に帰還したアーサーは、皇太子には第一皇子が指名されるだろうから式に出席さえすれば自分の役目は終わると考え、式に出席する前に終了後は直ちに属州へと戻る手筈を整えていた。
だが、皇帝からは第一皇子ではなく、第三皇子であるアーサーを皇太子に指名すると発表された。
会場内は、驚嘆からか戸惑いの声すらも聞こえなかったが、一斉に困惑の色を見せた。だが、それも仕方がないだろう。
何しろアーサー自身が、まさか指名されるとは夢にも思ってみず、彼が一番困惑していたのだ。
第一、皇帝とはこれまでほとんどまともに会話をしたことがなかったし、アーサーのことを認識すらしていないと思っていた。
だが、アーサーは指名されてしまった。
そのため、すぐに属州に戻る手筈だったがそれを全て撤回しこれまで皇太子に就任する準備を迅速に整えてきた。
皇太子に正式に就任するまでは離宮に仮住まいを構え、正式に就任したあとは皇太子宮である第二宮に移らねばならない。
その準備やアーサーの補佐官の人選は全て彼に一任されたので、これまで毎日その選出に総力を注ぎ何とか今日の就任式に間に合わせることができた。
おそらく兄らの嫉妬の上の狼藉であろうアーサーの所持品が破棄されたり、有力な貴族が彼の配下にならないように手を回させられる等の悪質な嫌がらせを何なくかわしながらも、アーサーはある日皇帝にある提案を持ちかけられたのだった。
──それは、彼の婚約者に関することであった。
元々、慣例通りなら皇子という立場であるので幼い頃から婚約者がいて当然なのだが、彼の場合側室の子というのもあるし、第一、第二皇子の権力や影響力が強く、第三皇子の婚約者を名乗り出た家門は、皇族から睨みを利かされるという捻れ状態が発生してしまっていたため、これまで婚約者が決まらなかったのだ。
そのため、いつも縁談が決まりかけては破断になるということを繰り返していたが、三年ほど前には決まりかかった縁談もあった。
だが、それは結局決まらずその女性は第一皇子の婚約者となったのだった。
とはいえ、皇太子になったからには婚約者を持たなくてはならなかった。
なぜなら、就任してから三年以内に結婚しなければ皇太子から退位させると皇帝から召喚された際に告げられたからだ。
そんな法律はなかったと思うが、あの皇帝のことだから実際に行動をしかねない。
そして、皇帝にある提案を持ちかけられた後、自室に戻った彼は小さく呟いた。
「クレア王女……」
彼女の名前を目にすると瞬時に過去の情景が脳裏に過ぎる。そして彼女がおかれている現在の状況も……。
「俺が例の申し出をしたら、彼女は心底俺を軽蔑するだろうな……。俺もそれは本意ではない。……だが」
アーサーはそっと息を吐き出してから立ち上がり、何かを決意したような真っ直ぐな視線を向けて退室したのだった。