第八話(サカキショーゴ)
――得てして人は、自分の得た物を、自分だけが得た物と思い込むというわけですよ。
――特別なのは自分だけではないのに、です。
講談社 伊坂幸太郎著『魔王』より
目を覚ます。知らない天井が見えた。
能力酷使の影響で視界が歪んで見える。だが、ここが俺の知る天井ではないと色合いで分かる。
ならどこなのか。
俺は記憶を手繰り……ゆめの家に向かう途中だった事を思い出す。まさかここは病院辺りか。
「気が付いた?」
するとその時、声がした。
ゆめと同じ。だが声色が違う声が。
誰だ……そう思った時。
俺の視界に、ゆめが……いや違う。
顔は同じ。だが髪が姫カットの少女が視界に映る。
「だ、れ……?」
混乱しつつ、問いかける。
すると少女は、小声で「嶋ゆな」と名乗った。
※
「学園長の指示通り、罠を張っといて正解だったな」
学園の片隅で。
武内は目の前で物言わぬ肉塊と化した秋津を見下ろしながら告げる。
「いや、それ以前に……まさか学園長が俺の同志だったとは! しかも、敵対組織排除のために自分の能力を分けてくれるとは……ふ、はは……ははははっ! もう俺に恐れるモノは無い!」
そしてその武内は。
もはや彼を知る者達にとっての彼ではなくなっていた。
全ては彼のした事が秋津に知られ、そして粛清をされる前に……学園長の接触があったが故に。
「学園長も最近知った、アンタのまさかの正体にも驚愕だが……それもこの通り。今の俺にはアンタの能力さえも通用しな――」
するとその時だった。
武内は学区内の異変を……端末と化したが故に感じ取った。
「フン。鼠がいるようだな。だが、これまでだ」
そして、彼は進む。
「ここからは全面戦争だ。惑星の未来を賭けたなぁッ!!」
この物語の終局へ。
その背後で秋津の体が、僅かに動いた事にも気付かずに。
※
「貴方は世界の本当の姿を知ってる?」
ゆめに似た少女。
名字からして彼女の双子の姉か妹のどちらかだろう少女ゆなは、突然俺にそんな質問をした。
電波な質問だった。
だがその質問に答える前に彼女は告げる。
「私は……家族は知ってる。けど、ゆめ姉さんは知らない」
ゆめの妹であるらしいゆなは、俯きながら。
「私が、本当の世界を取り戻すため……姉さんの記憶を消して、利用したから」
なんだか、不穏な単語が出てくるような真実を。
「世界は最初こんなモノじゃなかった。私の家系に連なる者は、本当の世界を取り戻そうとした。そして世界が変わった原因の半分近くを排除した。そして今宵この学区で、未来を賭けた戦いが再び始まる」
「な、にを言って……?」
ワケが分からない。
だが次の瞬間。
彼女は俺の額に触れ。
俺は全てを知った。
※
電撃使いは無敵だ。
物理的にも。精神的にも。
相手を感電させる?
その程度で満足してちゃ電撃使いの名折れね。
本当の電撃使いというのは、体内の電気信号も操ってこそ。
「武内先生の許しも得た事だし、全力でやりましょうか」
私はその場に集う、私の親衛隊――剣崎隊長に秋村、さらにはお菓子の棒を投げ付けてくるような虫けらを始めとする集団に声をかける。
「心を読むテレパスなんて、要らないのよ」
※
秋津さんに教えられた場所。
秋村達に対抗できる力を身に付けるため、超能力者の修行場として存在する秘境『闘仙郷』へ行くための準備をしている時だった。
俺が1人で暮らしてる家が突如吹っ飛んだ。
閃光と轟音が俺を襲う。少し遅れて俺は地面に墜ちた。
一体何が起こったのか。そう思い、痛む体に無理をさせ周囲を確認。すると俺の視界に奴ら――城山恵理子を始めとする数百人の集団が映った。
まさか、彼らの襲撃?
いやでも、なぜなんだ?
今のは、明らかに電撃。
誰かの能力だという事は間違いない。
だが校外での決闘はご法度のハズ。
あの秋津さんが許すとは思えない。
「さぁ、世界のために死になさい」
城山が声を出す。
と同時に彼女の周りにいる奴ら……なぜか人形のように無表情な秋村などが俺に迫り――。
「逃げるぞ!」
――次の瞬間。
俺は相川によって別の場所に転移した。
※
匠が連れて来られる前。
私は全ての事情を知った。
ゆめの……双子の妹だというゆなから。
彼女の家系は特殊だった。
彼女達は超能力者が時折生まれつつも学園には通わせず、そしてその全てをこの世界の本当の姿を取り戻すために使ってきた。
5000年以上もの間。
そしてその目的のために、目的の物の在り処を探るために。
ガイガーカウンター付きナノデバイスをゆめの制服に仕込み、自分達の存在が敵にバレないようゆめの記憶を奪い、彼女を学園に潜入させていたらしいと。
ゆめの親友として、許せなかった。
そりゃ、ゆめの精神性には驚かされたけど。
でもそれが、敵の懐に入るために作られた人格だったなんてッ。
でも、ゆなが語り。
そして彼女の持つ数多の能力の1つで見せてくれた世界の真実――テレパスが忌避されるこの世界の真実を知った後では。
もう私は、何も言えなかった。
「佐々木君。貴方にも見てほしい」
だから私は、大人しく匠を見守る。
ゆな達が継承してきた記憶を共有する匠を。
※
最初、世界にはテレパスしかいなかった。
彼らの間に言葉は要らず。さらに彼らは地球とも意思を共有し、よりこの惑星にとって必要な事を行使する生活を送っていた。
だがある時。
天の果てよりソレはやって来た。
ソレは彼らの相互理解を、異能を断絶するモノ。
彼らの中のテレパス因子を排除せんとする因子。
そしてこの因子の影響で。
世界中の人の繋がりは断ち切られた。
だがテレパス因子そのものは消えなかった。
この惑星の自浄作用によるものか。天上の者の意思か。
そしてそれ以降も、体内で因子同士の戦いは続き。
その衝突が、人類に本来ならばあり得ない別の能力を覚醒させた。
念力や瞬間移動などの能力を。
そして本来あり得なかった能力の出現により。
人類にできる事は広がり、神話の基となった埒外事象絡みの事件が地球上で何度も起き。最終的に地球には、能力無力化能力者と、そんな彼らの力を超える能力者しかいなくなった。
そう。
この惑星にいる能力者以外は能力無力化能力を持つ者。
能力者がいなければその存在を証明できない能力者なのだ。
そして時代は飛んで現在。
その能力者は国益のため利用されていた。
時には犯罪の道具として。
時には戦争の道具として。
相互理解能力を失ったヒトの欲望は、留まる事を知らなかった。
かつてこの惑星のために動いていた人類は、新たな能力を得て、本来あるべき道から外れた道を、今なお進んでいる……。
※
「これが、この世界の真実。あの用務員さえ知らない……テレパスの真実」
ゆなが告げた真実に、私は……私達は言葉もなかった。
「そして貴方達や、姉さんが通っている学園は、そんな欲望を叶えんとする学園長を始めとする存在が運営している場所なの。能力を隠す事、鍛える事を学ぶ場所?
いいえ違うわ。あそこは心理学の全てを駆使して組み上げた、特殊なカリキュラムを以てして、最終的には彼らの傀儡となる能力者を量産するための場所。そして、経営者達により洗脳された教師により誘い込まれたテレパスをも囲い込み、経営者達の陰謀をいずれ暴きうる彼らを確実にこの世から排除するための――」
「やめて!!」
私は思わず叫んでいた。
小さい頃から自分の能力のせいで苦労した。
他者の心が分かるがために気味悪がられてきた事もそうだけど、それ以上にヒトの心の醜悪さも嫌で、どうにかしたいと日々思い続け……その果てに、あの学園の先生の放つ念波を偶然受信して……あの学園に通えば、私のこの苦しみを無くす事ができると……思っていたのにッ。
全てが罠だった。
私達が今まで通っていたのは、テレパスを捜し出し、殺すためにも作られた学園だった。ならもう……私達に、居場所なんて……。
「……でも、そんな時代はいずれ終わりを告げる」
しかし、絶望に沈んだ私に……ゆなは告げる。
「私達は、空から飛来したモノ……大気圏に入って粉々になり、地球に降り注いだ隕石――人の遺伝子構造を変える放射能を持つ隕石をいくつも消した。そしてその果てに、貴方達は産まれた」
いや、私だけじゃない。
匠にも、視線を向けつつ告げる。
「先祖返りをした貴方達が。なら、これからも戦い続ければ。この惑星の人の在り様を元に戻す事も――」
しかし、会話は途中で途切れた。
私達がいる嶋家の地下に、多くの人間が突入して来たからだ。
※
「……フン、あの嶋ゆめとかいう娘は別の場所か」
城山に脳内の電気信号を掌握される寸前。
俺は己の精神を、俺の能力を応用して一時的に封印した。洗脳されて暫く経った後に封印が解けるよう、己の能力をプログラムした上でだ。
そして封印が解ける事で、城山の洗脳は俺の精神によって上書きされ、なんとか洗脳が解けたワケだが……後で覚えてろ城山。
それはともかく。
城山の親衛隊が突入する前後に、別ルートから嶋邸に潜入したワケだが、面白い話を聞いた。
まさか嶋家が、そんなに長い歴史を持つ一族だったとはな……胡散臭い話だが、納得できる部分もある。
武内は超能力を消す、もしくはそれに類する能力を持ってるが、同時に相手の能力を知る能力も持ってるようだった。だがテレパスは把握できなかった。
もしや武内は、ヒトがかつて唯一持っていた体内のテレパス因子と、それを断絶する外来の因子の衝突により発生する電磁波のようなモノから能力者かどうか判別していたんじゃないか。
そしてテレパスの場合、外来の因子が無いから電磁波が発生しようがなく、把握できなかった。
これならスジが――。
「剥奪」
――すると、その直後だった。
俺の全身に衝撃が走り。
そして俺の、意識は途切れ……。
※
ゆなの指示で、秋村の裏をかけた。
この家には多くの隠しカメラが設置されており、誰がどこに隠れようと丸見えらしい。そしてその映像を、ゆなは目に嵌めているコンタクトレンズ型コンピュータによって常に管理しているらしく、そこに映った秋村の位置を即座に把握し、俺に指示し秋村の背後に瞬間移動したのだ。
にしても、ゆなの家だけでなく……能力も反則過ぎじゃね?
数量限定で、新しく能力を剥奪すると、昔剥奪した能力から消えるという弱点はあるが、とにかく秋村は無力化された。
ゆめにかかった、奴の能力もこれで完全に解けたハズだ。
「それじゃ、改めて逃げましょう」
そして、改めて俺達は。
忍者屋敷のような嶋邸の秘密通路を通り……外へ出た。
※
「フン。我が孫達だけでは抑えられんか」
そしてそれを、遠くから眺めている者がいた。
背丈が3m近くもあり、筋骨隆々な初老の男性だ。
「そろそろこの儂、学園長・城山峩朗の出番のようじゃのぅ」
※
外へと出た俺達は、あっという間に囲まれた。
俺達が嶋邸内を駆け回ってる内に、隠し通路の出口を発見されたらしい。
「もう逃げらんないぞお前ら」
武内……いや、もはや俺達が知る武内じゃない。
彼の肉体は元の1.5倍は膨張し、凄まじいオーラを放っており……本当に人間か?
「私達の敵の改造を受けたのね」
ゆなが淡々と告げる。
なんでそんな冷静でいられるんだ?
「人の心にズケズケと入り込む犯罪者共が。そしてソイツらを匿うような奴も犯罪者だ。そんな奴らはこの世に要らない。1つも肉片を残すなぁ!!」
そして奴の指示で、無表情の超能力兵団が俺達に迫り――。
「もう1度跳んで。私達全員。上空2kmまで」
しかし、その前に。
ゆなが相川へ指示を出す。
相川はゆなが持っているらしい超能力の1つ『治癒』のおかげで、限界突破が可能だが、無茶過ぎないか連続テレポートって?
しかしそう言うからには策があるんだろう。
相川は「分かった!」と言うと、すぐに俺達の手を掴み瞬間移動した。
「フン! 上に逃げたところで無駄だ! すぐに飛行可能な能力者や、邸内に踏み込んだ城山の能力で追撃して――」
武内が吠える。
そしてすぐに城山の親衛隊へと声をかけようとして……その瞬間だった。
邸内で、強力な電磁パルスが発生した。
※
「私達が、隕石の破壊のためだけに今まで生きてきたと……いったいいつから錯覚していた?」
淡々と、ゆなは語る。
「超能力を一時的に使用不能にする特殊電磁パルス。今まで破壊した隕石の研究により生まれた奴だ。但し、その影響範囲は半径1km。故に、ここまで離れれば私達に影響は及ばない。さぁ後は隕石の回収だけよ」
そう言っている間に。
私達は次の瞬間移動で地面に着地する。
そして彼女の言う通りなら。
私達以外に能力者はいないだろう。
私達を排除しようとする能力者は。
しかも彼らの声もしない。
まさか電磁パルスで気絶して――。
「フンッ!!」
――次の瞬間。
私達は謎の剛拳を受けた。
ツングースカ大爆発の原因は未だに不明だ。
異星人の宇宙船が爆発しただの、隕石を宇宙船が爆破してくれただのおかしな説が出るほど謎だ。そして世間にはあまり知られていないが、その原因とされる多くの説の中に、小さな反物質の隕石によって起こされた、というモノがある。
そしてその説を補強するかは分からないが、爆発の仕方が特殊であったり、電磁パルスが観測されていたり、周囲の植物相・動物相の突然変異が数多く発生した事が確認されてたりする。
(竹書房 シグマフォースシリーズ⓪『ウバールの悪魔』より)
もしかすると、いずれ我々の頭上にも。
祝福、或いは呪いと呼ぶべき空からの贈り物が届くかもしれない。