第四話(高取和生)
肩を並べて帰っていく匠と心音を追って、小走りの足音が聞こえた。
「待って、ココ! 一緒に帰ろう」
足音の主は、心音の友だち、嶋ゆめだった。
「あ、ゴメン。ゆめは部活だと思ってたよ」
「今日は顧問が鍵閉め係だから、なんだか早く終わったよ」
ゆめのショートボブが夕陽に輝く。
人間嫌いの心音だが、ゆめには気を使わなくて済む。
彼女からは、いつも柑橘系の、爽やかな香りがするのだ。
「どうも」
心音の隣にいた匠が、ペコっと頭を下げる。
「あ、ひょっとして噂の転校生君?」
「噂? 俺の? え、どんな?」
「孤高の美少女、小沢心音のカレシじゃないかって! あはっ」
ゆめは快活に笑う。
一瞬遅れて、心音も笑った。
「ともだち! 匠、さ、佐々木君とは友達。せっかく同じクラスになったから、ね」
「そっかあ。私、嶋ゆめ。よろしく」
匠も僅かに笑顔を見せる。
ゆめにトクベツな能力は感じないが、なぜかゆめに対して、安心感を持った。
並んだ三人が校門を出て行く。
その姿を屋上から、見つめる影が二つ。
「で、どうだった? 佐々木って」
声の主は女子生徒。
ちゅぱちゅぱと、棒付きキャンディーを舐めている。
童顔のツインテール少女は、垂れ目気味の瞳が大きい。一見邪気はない。
名を市野村唯という。
「どうって?」
「強い? それともザコ?」
唯と一緒にいるのは秋村郁人だ。
「さあな……感度は良いんじゃね? 小沢と同じか、もしくは上だ」
「ふうん」
屋上には夕陽が射し、二人の影が伸びていく。
「あたし、小沢ってさあ」
唯はキャンディーの棒をスポンと抜き、指二本で弾く。
弾かれた棒は、あたかも羊羹に爪楊枝を刺すかの如く、コンクリ上の郁人の影を刺す。
「痛っ」
棒が刺さった影の太ももあたりを、郁人は押さえる。
「あはは! ゴメンゴメン」
全く悪びれることなく、唯は指をパチンと鳴らす。
瞬間、影を縫っていた棒は、粉々になる。
「なんだっけ、そうそう、小沢。小沢心音。アイツ、嫌い」
「へえ、何故?」
「何考えてるか、わかんないし」
「お前もそうだろ?」
「だいたい、乙女の心を読むって、ズルくない?」
「お前、読まれてないだろ?」
唯は唇を突き出して不満を表する。
「郁人の意地悪う! 誰の味方なの!」
郁人は薄く唇を開く。
「べっつに、誰も。つるむことあっても」
そう、自分にとって都合が良ければいいのだ。
郁人の闇の能力と、唯の念動力の一つ、『影縫い』は相性が良い。
例えば敵対する相手でも、郁人が敵を心理的に支配し、その肉体を攻撃できるパートナーがいれば負けることはない。
「唯さあ。人の心を読むなんて奴らを、なんでこの学校が集めていると思ってるの?」
「知らない。お金儲け?」
「唯らしい答えだけど……」
八十年代初頭まで、日本は秘密裡に、超能力者を見出し、活用するプロジェクトを遂行していた。理由は勿論、同盟国からの強い要請と、R国やC国への対抗政策だった。
その後、バブルが弾け、財界からの研究資金が途絶えたことで計画は頓挫。
近年、その計画が再試行された。
特別な能力を持つ生徒を集める学校も、それにより創設された。
「何それ。あたし知らない」
全くもって興味なさそうな唯に、郁人は少々イラつく。
例えば、不思議に思ったことはないだろうか。
日本や日本の同盟国と対立する国々で、スポーツの世界大会が開催される時。
日本選手があり得ないミスを連発することを。
「それって、敵さんの能力者が関係してるってこと?」
「さあね。ま、でも俺でも、気に入らない奴が総体とか出たら、こっそりソイツの脳に、闇のパワーを浴びせたりするかもな」
唯は口に残っていたキャンディーを噛み砕く。
ガリっという音が響く。
「じゃあさ、やってよ。あたし、小沢心音よりも嫌いなヤツ、いるんだよね」
「誰?」
「エリ。城山恵理子。アイツ超ムカつく」
城山恵理子は、校内一の美少女として有名だ。能力については、不明である。
「……ま、必要があったらな」
「おい、もう此処閉めるぞ」
屋上の扉の前に、一人の男が立っていた。
「はいはーい! ごめんね、先生。もう降りるよ」
男はこの高校の教師、武内である。
年齢は不詳だが、三十前であろう。教師としては珍しく、いつでも上質なスーツを着ている。俳優の誰かに似ているとかで、女子には人気がある。
唯もその一人なのか、子犬のように武内にまとわりついている。
だが。
郁人の背に、汗が流れた。
声をかけられるまで、武内の存在に、全く気付かなかったのだ。
さすがにこの高校の教師。
彼もまた、常人にはない能力を、持っているのだろうか。
朱色に染まる校庭に、風が吹いている。
その片隅では秋津がまだ、竹ぼうきを動かしていた。