第二話(キハ)
(俺のこと、匠って呼んでくれ。君の名前は?)
(心音。小沢心音よ。なんかおかしいなあ。こう話すなんて)
(ああ。テレパス同士よろしくな)
(まあ、よろしく。匠もテレパスってこと?)
(ああ。俺も苦労してる。お互い同じ境遇だ)
なんていう会話をしてから、次の日。
私と同じような人がいるのには驚いたけど、テレパスでは普通に会話できるようになった。
でも、現実で話しかけたりは一回もしてない。
匠も話しかけてこないし、お互い、テレパス以外では話してない。
匠は、転校生だというのにあまりみんなに話しかけられてなかった。
休み時間も一人が多く、たまに陽キャ男子──秋村郁人が匠に話しかけてるぐらい。
まあ郁人は下心見え見えなんだけど。テレパスの匠も下心には気づいてるんだろう。その上で仲良く会話してる。
(……なあ、秋村のことどう思う?)
それは、いきなりだった。
たまに匠とテレパスで会話してる仲だったけれど、休み時間、私が食堂に行ってるとき、いきなり。
匠は、今私の見える範囲内にいない。
どうしたんだろう。
(どうしたの?秋村……?)
(君も気づいてるだろ。秋村の下心に)
(うん。テレパス持ちだしね)
(やっぱりそうか。俺を見下してるのは分かるんだ。……ただ、詳しく読めない)
(どういうこと?)
(正確に細かいとこまで心が読めないんだ。いつもはうるさい程心の声が聞こえるのに)
(……何それ)
テレパスは、誰の心の中も細かいとこまで聞けてしまう。
そこが迷惑なところだけれど、そこが発揮されないのもかえって不気味だ。
匠とテレパスでは仲良く話せるようになった。
だから、私は匠に対して何かしてあげたいと思ったのかもしれない。
今思えば──人嫌いな私がなぜ言えたのだろうか。
(郁人と話して確かめてみるよ)
(……ああ、ただ厄介なことには首を突っ込むなよ。あいつの心を読もうとすると気持ち悪くなるからあまりしないでほしいんだけど……)
(ううん、話しかけて見るだけだから。心配しないで。確かめるだけ)
いつもの私より、強い口調でテレパスを送った。
昼ごはんをいつもより早く食べ終えると、真っ先に郁人に話しかけようと思った。
やることは早く終わらせておいた方がいい。
食堂でついて来る友達を何とか説得して振り切ると匠にテレパスをする。
郁人がどこにいるのか聞くと屋上と答えられた。先程まで匠と一緒に屋上で食事をしていたらしい。
匠はすぐに郁人と別れたが、私が郁人に話しかけると聞いてそばで見守ってると返ってきた。
ただ話しかけるだけなのに。匠って心配性なのかな。
「……!」
屋上の扉を開けるとすぐに郁人の姿が見えた。
校庭をただ見つめている。
いつもは教室で騒ぐ陽キャの癖に、今回ばかりはすっごく静かな人に見える。
「……あ、あの」
どう話しかけていいか分からなかった。
郁人とは普段あまり話したことがない。いきなり話しかけて、不審がられないだろうか。
何の話題を出そうかと悩んだその時。
「……なんだ?」
郁人が振り向いた。彼の瞳が私を捉える。
その瞬間、気持ちが悪くなった。彼の思っていることが、下心丸見えで聞くのも嫌になる。
こんな分かりやすく悪い心を持っている人も珍しい。みんな心に闇を持ってるけどここまでひどい人はいない。
これのどこが詳しいところまで心が読めない、のだろう。
「お前……小沢か。珍しいな屋上に来るなんて」
「ちょっとした気分転換でね」
こう話してるときも郁人の心の闇を拾ってしまう。
私を見下している。何か駒に使えるならって考えている。──それは、匠のこともクラスメイトのこともそう思ってる。
だから余計に話す気力がなくなった。だから気づけば黙っていた。しかし、郁人から話を振ってきた。
「いつも一緒にいる友達はどうした?お前だって人が寄ってきやすいだろう?」
「振り切った。そういう郁人もつるんでる奴らがいないじゃない。やっぱり一人の時間が欲しいの?」
「……そうかも、な」
(……!?)
何、これ……。
私のテレパスの能力が、意識が、吹きずり込まれるような感じ……。
郁人がそうかもなと答えた瞬間に、ちらりと心の声が聞こえた。
ただ、なぜか小さな声で、聞こえなかったため反射的に聞きたいなんて思ってしまった。
そう思った瞬間──。
なぜか引きずり込まれるような感覚に陥った。
怖くなって、はっと気を戻したため何も起きなかったが、本当に怖かった。
きっと聞こえた小さな声は郁人のもっと深い心の声。しかし、聞こうと思ったら何か──まるで闇のような何も聞こえない暗闇に引きずり込まれるような。
深い心の声が聞けなかった。その瞬間、匠の言っていたことが分かった気がした。
正確に細かいところまで心が読めない。郁人の深い深い心まで読めない。
テレパス持ちとしては有り得ない現象だった。いつもは深いだろうが浅いだろうがみんなの心の声が聞ける。
それなのに。郁人の心が読めない。今まで心の声が聞こえることが嫌いだったけれど、今回ばかりは逆に恐怖さえも抱く。
「……っ、私もそう。一人の時間が欲しいの。誰一人いない、孤立した世界が」
恐怖を振り捨てて、郁人に向き合った。
そして、自然に会話できるように自然に答えた。
どうして、心が読めないのか暴いてやろうとも思っている。
ちなみに、さっきの言葉は私の本心。一人でいてもどこからか誰かの心の声が聞こえる。
そんなことのない本当に孤立した世界に行きたかった。
「……へーそうなんだ」
郁人は興味なさそうに抑揚のない声で答えた。
あまりにも暗い話をしてしまったかな、と思ったその瞬間。
……郁人が、笑ってることに気づいた。
「……?」
口を思い切り歪めて。いつも見る郁人の笑顔よりおぞましさを感じさせられる笑みを浮かべて。
「孤立した世界が欲しいんなら連れて行ってあげるよ」
「は、何を言って……!?」
そう思った時だった。郁人と目があった。
彼の瞳は光を失っていた。そう、瞳には闇が宿っているのかと思う程、光が無かった。
「……!?」
その瞳を直視してしまった瞬間、何か異変を感じた。
私は、その瞳の闇に吸い込まれるような感覚がし──……。
***
目の前で心音が意識を奪われたのかのようにドサリと倒れた。
それを見て郁人は口を歪めて笑っていた。
その瞬間、匠は疑いが確信に変わった。
(そばで見守っていて良かった……)
心音は匠にとってたった一人のテレパス仲間。初めて同じ力を持った者に会えた。
一度もテレパスを使わずに実際に会話をしたことがないが、それでも匠の大切な友達だ。
──だから。
(心音は俺が守ってやる)
そう心に決めるとそっと見ていた物陰から匠は身を出した。
「おい」
怒気をはらんだ声を郁人は耳に聞いた。
笑みを引っ込めると闇を思わせる光の無い瞳を匠に向けた。
「……匠か。小沢の仲間だったのか?」
「そうだ。お前、心音に何をした!」
「別に命の別状は与えていないけどな?意識を奪わせてもらっただけだけど」
「……っ、お前何が目的なんだ」
それに対して郁人は答えずに不気味に笑った。
「なあ、匠。お前は何持ちなんだ?小沢はテレパスだったな。お前が小沢を守りたいんなら俺を抜かす程の力じゃないと駄目だぞ?」
「……答えろよ、人の質問に!」
しかし、郁人は笑みを顔に貼り付けたまま、
「お前が勝ったら小沢を元にしてあげるけどな。俺に勝てるか?このダークネスの力に……」
郁人の力はダークネス──つまり、闇。それが分かった匠は歯ぎしりをした。
(俺のテレパスで勝てるかよ。だけど心音が……)
初めて出会えたテレパス仲間。そして、友達。
この郁人が何のために戦いを要求してくるのかが分からないが、まずは戦うしか無いのかと、匠は絶望の淵に立たされた。