第一話(柴野いずみ)
「転校生の佐々木匠です。よろしくお願いします」
そう言って挨拶するその少年を、私はじっと見つめていた。
……これが噂の転校生か。そう思う間も無く、私の周囲から一斉にガヤガヤと声が聞こえてきた。
(あんまりカッコよくないなぁ)
(イケメンを期待してたんだけど)
(ブス男)
(パッとしない陰キャ)
これが女性陣からの大方の反応だ。あまり好意的ではない。
男子はもっとひどくて、(こいつにならマウント取れる)だとか(次のいじめの対象に使えそう)だとか本当にろくでもなかった。
これだから嫌なんだ。思わず耳を塞ぎたくなり、私は大きくため息を漏らした。
仕方ない。とりあえず転校生の声でも聞いてみるか。
そう思って彼の方へ聞き耳を立てようとした――その瞬間だった。
(この中に、俺のこの声が聞こえる奴はいるか。いたら返事してくれ)
そんな声が彼の方から聞こえて来たのは。
***
私の名前は小沢心音。高校二年生女子。
器量は悪い方ではないし成績もなかなかだと思う。誰もが羨む陽キャモテモテ女子なんだけど、その実、私は人間嫌いだ。
その理由は簡単。人の心が醜過ぎるから。
……はっきり言ってしまおう。私は人の心の声が聞こえる。つまりテレパスだ。
どうしてこんな力があるのかは私自身も知らない。両親はまごうことなき普通人だし、親類や知り合いにだっていない。多分、突然変異みたいなものだと思う。
私は幼い頃からずっと、周りの人が考えていることが声になって聞こえている。注意していなかったらそれが肉声か心の声かわからないくらいにはっきりと。
昔はよく間違えて、他人の思考を読みそれと会話をしてしまって、不気味がられた。
心音は変な子供だと近所の人たちの中では噂になっていたらしい。七歳頃になり自分の体質が普通ではないと理解してくると、心の声には返事をしないようになった。
この力は誰にも明かさないようにしよう。そう決めたのもその時だ。
力がバレたらきっとやばいことになる。もしかするとその考えは私の本能だったのかも知れない。とにかくそれ以降私は誰にもこのことを話したことはない。
テレパスというのに憧れる人もいると思うが、これは決して楽じゃない。
第一に、どこにいてもうるさい。多くの人が静かだと言う場所でも、私は周りに一人でも人がいればうるさくて仕方がないのだ。心の声はずっと喋っていてほとんど止まることがないから。
しかもその内容は、大抵綺麗なことではない。常に誰かを罵っていたり貶めていたり、そんなものばかりだった。
小学時代は苦労した。一度友達になったと思っていた子が、私のことを心の中でひどく貶して楽しんでいるのを知って、それ以来人間不信になってしまった。
中学時代はなるべく人と関わらないようにしていたが、さすがにそれではまずいと思って高校に入ってからは陽キャを演じるようになっている。実際、友人付き合いはかなり多いし、告白されたことも二度や三度ではない。
しかし私はずっと、他人のことが信じられないままだ。
いつ私を裏切るかわからない。いつ私を嗤ってもおかしくない。そう思えば思うほど、人と近づくのが怖くなる。
だから私は、表面上では明るく振る舞いながら、少しは信用できると判断した友人のそばにいて、できるだけ面倒ごとに関わらないよう努めながら、なんとなく日々をやり過ごしていた。
私の年頃はおそらく青春と言われるのだろうけれど、私にそんなものはない。告白されたって、結局は私の体目当てばかりだったから。
そんなある日のことだった。彼が私たちのクラスへ転校生としてやって来たのは。
別に、最初私は何の興味も特にはなかった。どんな子だろうな、と思い、心の声を聞こうとしただけ。上っ面だけでも友人付き合いができる相手かどうか判断しなくてはと思ったのだ。
しかしその直後とんでもない内容が聞こえて来たものだから、驚いてしまった。
(この中に、俺の声が聞こえる奴はいるか)だなんて、まるで私に語りかけているみたいではないか。
一体何のつもり? 厨二病拗らせ患者なのか? 私は戸惑った。
だから迂闊にも返事をしてしまった。
(何言ってるの?)
するとすぐに彼の視線が私の方へ向けられた。あちらも驚愕している様子で、思い切り目を見開いていた。
(おい君、俺の声が聞こえるんだな? ということは君もなんだな?)
(……? これってもしかして私に言ってんじゃないよね、こいつ)私はわけがわからず、ますます困惑した。(珍しい思考の子だなぁ。頭の中で一人語りするなんて)
(いや普通、そう考えるべきじゃないだろう、ちゃんと俺が君の声に受け答えしてるんだから。それに、初対面なんだからいきなりこいつ呼ばわりするなよ)
(うーん。おかしいなぁ、じゃあこれは幻聴かな?)
だって、こんなことありえない。いや、信じられない。
転校生の男子が私と同じテレパスで、しかも私とこうやって声を出さず当たり前のように会話しているだなんて――。