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07.仲直り


 青梅雨が過ぎ去り、草木の青葉が色濃くなってきた頃、カーテンから漏れる陽の光に当てられて目が覚める。

 窓越しから聴こえるアオバズクの鳴き声に夏の気配を感じながらも、俺は重い瞼を何度も擦った。

 

「ふぁぁ、眠い」


 俺は目頭を拭うと、パジャマ姿のままリビングへと向かう。

 リビングには、だし巻き卵と昨夜の夕食で余ったウインナーがあった。

 俺はそれを食べると、身支度を整える。


「いってきまーす」


 外に出ると木漏れ日が顔を照らす。眩い光が目を射るので、思わず目を細めると、ふと視界から見慣れた姿が現れる。


「あれ、歩美じゃん?」


 喧嘩してから二週間。歩美とは一切会話を交わさなかったので、急に現れたことに疑問を覚える。

 当の本人は何事もないように挨拶を交わすが、俺は謝罪する為に歩美の家まで足を運び、インターホンを鳴らした苦い記憶がある。


「なんだよ。喧嘩は終わり?」

「そ、終わり。飽きたし」


 あっけらかんと告げる姿に、自然と俺の口元が緩んだ。


「そっか。実は俺も飽きたところ。お前がいないとつまんねぇし」

「ま、お互い文句言い合う相手がいないと張り合いがないもんね」

「そういうこと」


 静かな住宅街で甲高い笑い声が漏れる。暫く顔を見合わせながら笑い合うと、歩美が興奮気味に口にした。 


「そうだ。聞いてよ」


 身を乗り出し、ニマニマと嬉しそうに笑う姿を見て、思わずたじろいてしまう。

 あいつが嬉しそうに笑うときは碌な事がない。前は俺のエロ本のことでからかわれ、そのうえ内容を部員仲間にバラされた。

 そりゃ俺が悪いが、いちいちバラさなくてもいいじゃんか。俺は顰めっ面しながら身構えると、歩美は満面の笑みを浮かべた。


「実は野球部に新しいマネージャーが増えるの」

「えっ、マネージャー?」

「そう。だから嬉しくて」


 歩美はこの世で一番の果報者だと言わんばかりに顔を綻ばせる。それもそのはずだ。野球部のマネージャーは歩美ひとりしかいない。理由は至って単純なもので、無償ブラック企業のような過酷な扱いをうけるマネージャーなんて誰もが嫌がるからだ。


 夏の部室は野郎の汗臭さで鼻がまがり、ドリンクの準備や道具の手入れ、そのうえスコア記入等の雑用までも任される。正直、金を貰わなきゃ理に合わない。

 そんなことがあり、多忙を極める歩美はもう一人マネージャーを欲していた。友達を誘ったこともあったらしいが、雑務の多さと社会人同等の責任感を求められ、嫌気をさして辞めていく子が多い。


 そしてもう一つ厄介な原因がある。どうせマネージャーをやるなら、啓介イケメンがいるサッカー部がいいと半数の女子が口を揃えて言うのだ。


 麗しきイケメンとお近づきになりたい。そんな見えついた下心をもつ女子達が集い、サッカー部のマネージャーは23人もいる。理不尽だと直談判に行ったこともあったが、女子達から「なら、国宝級のイケメンになれよ」と総スカンを食らい、泣く泣く野球部に戻った記憶がある。


 そんな苦々しい思い出を噛み締めながら、歩美のスクールバッグを自転車の前かごに入れてやると、歩美は悪戯げに口元を緩めた。


「新しいマネージャー、健太もよく知ってる子だよ」

「えっ、誰?」

「クラスメイトの田中さん。結構仲いいでしょ?」


 田中。その言葉に心臓が飛び跳ねる。少しあざとくて、心擽るような声色を放つ彼女の姿がふと脳裏によぎる。

 

「そっかぁ。田中がマネージャーに」


 含みのある言い返しに、歩美は疑問を持ったようでジトリと俺を凝視した。


「田中さんと何かあったの?」

「いやさ、告られて」


 頬をポリポリと掻きながら告げると、歩美が納得したように頷く。


「あーやっぱり?」

「何か心当たりでもあんの?」

「だって野球部のマネージャーなんて、野球好きか部員に好きな人がいないと頑張れないでしょう?」


 ふわりと笑う歩美の姿に、ゴクリと生唾を飲み込む。

 野球好きか好きな人。やけにその言葉がこだまする。啓介が現れてから、ずっとこの恋は実ることはないと思っていたが、もし好きな人が理由ならワンチャンあるよな。

 そう思うと、やけに心臓の鼓動が速くなる。頬に熱が集い、湯気が上がりそうなくらい暑さを感じた。


「なあ、それって」


 そのまま疑問を問おうとすると、歩美が口早に言葉を述べた。


「あっ、でも、私は野球好きだからマネージャーになったんだけどね」


 歩美の顔には、ほんの少しの照れが見えた。


「ほら、行こう」


 催促するように自転車の荷台に跨ると、俺は言われるがままにハンドルを掴んでスタンドを蹴る。


「そういえば、歩美って野球好きだったけ?」

「まあまあかな」

「そっか」


 サドルに座ると、歩美が俺の背中に手を回す。久しぶりのぬくもりを感じながらペダルを漕ぐと、さわやかな風が頬を撫でる。


「あーあ。今日は朝から小テストあるから嫌だなぁ」


 後ろからため息混じりの声が聞こえてくる。


「俺、予習してねぇや」

「でも、11時過ぎまで部屋の電気点けっぱなしだったじゃん」

「え、あっ。いや……」


 自室でエロ本読んでたなんて死んでも言えねぇ。


「寝てただけだよ」

「ふーん?」


 俺は冷や汗をかくと、これ以上この話題が続かないようにペダルを漕ぎまくる。

 次第にじんわりと汗が滲むと、歩美が思い出したかのように声をあげた。


「ねえ。そんな急がなくてもよくない? また坂道で転けたら危ないし」


 その一言で思い出す。部活終わりの帰り道、部活で無事レギュラーに選ばれたことで、歩美と共に喜びを分かち合っていたときだ。

 二人乗りをしながらたわいない会話をしていると、ふと下り坂に通りかかった。俺は無事レギュラーに選ばれたことで、張り詰めた糸が切れていたのだろう。俺は坂道を見て一言呟いた。


「ブレーキなしでいかね?」


 坂道に誰もいなかったこともあり、俺は歩美の承諾を得るとノーブレーキで坂を下った。


「イヤッホー」


 テンションMaxの俺達は、馬鹿丸だしの悲鳴をあげながらふざけ合う。だが、坂の途中で凸凹があったのだろう。気づけばハンドルをとられ、俺達は自転車から振り落とされた。その後は言わずもがな。見るに無残な罵り合いが始まった。

 俺はそんな記憶を思い出すと苦笑する。


「もう少しゆっくり行くわ」


 仲直り後にまた喧嘩するのも面倒だし。俺はそんなことを考えながら言い返せば、歩美が俺の背中を叩く。


「そうだね。夏の甲子園を控えてる今、怪我したら笑えないもん」


 背中に感じる痛みと共に、俺達は笑い合いながら学校へ向かった。

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