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06.交差する想い

 7時間目の授業を終えた俺は、教科書とノートを鞄に詰め込んでいた。

 理由は至って単純なもので、今のうちに帰宅の準備をしておけば、掃除と終礼が終わった瞬間、一番乗りで部活活動ができるからだ。そんなことを思いながら、荷物を詰め込んでいると、後ろの席の女子が俺の背中を人差し指で突いてくる。


「ねえねえ。放課後、私と一緒に遊びに行こうよ」


 口元を緩め、どこか悪戯げに笑う田中の姿に思わずドギマギする。

 田中なお、もとい田中とは同学年のクラスメイトだ。高校二年のときに初めて顔見知りになり、気づけば廊下で挨拶を交わす程度の友人関係になっていた。

 基本、俺から話しかけることは殆どなく、大半は田中から話しかけてくることが多い。後ろの席になってからは、こうやって意味もなく駄弁ることが多くなったような気がする。


「俺、部活があるんだよね」

「別にいいじゃん。サボっちゃおう」


 田中の瞳が俺の瞳を捉える。そよ風と共に、仄かに香る制汗剤の匂いが夏を感じさせた。


「つーか、何で俺と?」

「私、結構本気って言ったでしょ」


 俺は今朝の出来事を思い出す。歩美との交際を否定すると、悪戯げに告白されたあのときを。


「俺、田中とは付き合わないって言ったじゃん」

「でも、彼女いないでしょう? チャンスはあるよね」

「チャンスも何も好きじゃなければ、チャンスは生まれないから」

「えっちが出来たとしても?」 

「えっ……」


 俺は再度田中の顔を見る。手入れが行き届いた長髪と、ヘーゼルナッツ色の瞳。そして整った顔のパーツは、男なら一度は抱いてみたいと思う容姿をしている。

 煩悩まみれな俺は、生唾をのみ込む。


「ガチで言ってる?」


 無意識と漏れた言葉に、田中は口元を緩めた。


「ガチ。鈴木くんって、こういうの好きでしょ?」


 弾けるような眩い笑顔を向けられ、少し胸が擽ったい気持ちになる。


「確かに好きだけど、誰でもいいって訳じゃ」


 俺が頬をぽりぽりと掻くと、田中は言う。


「でもさ、そこから始まる恋もあるかもよ?」


 田中は悪戯げに笑い、俺の額をツンと突くと、そのまま教室を後にした。

 俺は、そんな後ろ姿を淡々と見つめると深いため息をついた。


      

 終礼を終えた俺は、哀愁を漂わせながら廊下を歩いていた。廊下に鳴り響くスリッパの擦れた音が余計に俺を惨めにさせる。

 今日は怒涛の一日だった。気味が悪いラブレターを貰い、何故か同級生から告白。あんな濃い日は今日限りでありたい。

 そんなこと思いながら昇降口に着けば、見慣れた後ろ姿を見つけて思わず口走る。

 

「啓介」


 名前を呼べば、啓介は肩を跳び上げ、驚いたように俺を凝視する。


「け、健太……」


 遠慮がちに告げる声とは裏腹に、啓介の手には数枚のラブレターが握られていた。


「なーに驚いてるんだよ」


 力を入れて背中をはたけば、啓介の手からラブレターがこぼれ落ちる。

 床に散らばった手紙を拾ってやれば、俺は悪戯げに笑う。


「よう色男。相変わらずおモテようで」

「まあな。誰かさんと違って引く手あまたでね」


 啓介は強引にラブレターを奪うと、素早くスポーツバックに手紙を入れる。俺はそんな姿を見ればふと思う。


「てか、啓介って好きなやつとかいないの?」


 俺は啓介の恋愛トークを一度も聞いたことがなかった。俺が一方的に話すことはあっても、啓介の口から好きな人の話題は一度もあがったことはない。

 勿論、モテ自慢は何度かある。でもそれは俺をからかうだけで、特定の相手と付き合いたいと告げたことは一度もないのだ。

ーー既に心に決めた相手がいる

 そう思うのは必然だった。だが、恋愛トークに参加しないということは、俺に言えない相手だからだろう。例えば好きな相手が被るとか。

 そんなことを真剣に考えていれば、啓介の表情が次第に苦々しく変化へんげする。


「俺だって好きな奴、1人くらいいるよ」

「どうせ歩美だろ?」


 あえて素っ気なく言えば、啓介は誤魔化すように笑う。


「はは。どうだろうな」


 そんな遠慮がちに告げる姿が、歩美と相思相愛だと告げているようで胸がチクリと傷む。


「やめた、この話題。なんかライバルになったら嫌だし」


 気づけば乾いた笑い声が漏れる。

 俺は啓介とライバルになれるほど対等な人間ではない。あいつは周りからチヤホヤされるほど容姿がよくて、そのうえ成績も俺より上だ。極めつけは部活の背番号が10番で、エースナンバーってところだろう。そんなイケメンおろか、運動神経良しの男が歩美に告白すれば、どう足掻いても勝てない。それほどあいつは完璧な男だった。

 そんな見えない劣等感を抱えていれば、次第に啓介は感傷的な瞳を滲ませる。


「健太の歩美ちゃんに対する想いはこんなものなのか?」

 

 ポツリポツリと告げる言葉に、俺は憤りを隠せなくなる。


「お前が相手だと勝てねぇよ。でも歩美との一番の親友は譲らねぇから」


 ちょっとした当てつけだった。啓介さえいなければ、この恋は芽生えていただろうから。

 自惚れだと言われてもいい。啓介が現れる前までは、間違いなく歩美は俺を好いていた。廊下ですれ違い様に合う瞳、当たり前のように休み時間は二人で駄弁り、極めつけは意味もなく帰り道を遠回りしたあの日々は間違いなくお互いの想いが色づいていたといえる。

 気付けばそんな思いに溢れ、ついつい大人げない返しをすれば、啓介の表情が次第に曇りだす。


「歩美ちゃんが一番の親友? なら俺は何番目?」


 嗚咽混じりの声が、俺の憤った気持ちを少しだけ鎮火させるようだった。


「女なら歩美。男なら啓介じゃねぇの」

「じゃあ、もし俺が女だったら?」

「そんなの知らねぇよ。さっきから突っかかってきて面倒くせぇ」


 わざと声を張れば、啓介は苦笑する。


「だってズルくね? 好きな奴と親友がどっちも一緒って」

「親友になるほど気が合うから、好きになるんだろ?」

「そうかもな」


 先程とは違う落ち着いた態度。あんなイケメンで友達が多いやつでも、俺と歩美との関係性に嫉妬するんだな。そう思うと急に可愛げがある所もあるなと感じてしまう。

 気づけば自然と緩む口元。


「安心しろ。啓介とは一生親友だから」


 偽りのない最高の笑顔を弾かせれば、啓介は小さな笑みをこぼした。


「そっか」


 そう一言返すと、啓介は足早にその場を後にした。

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