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05ラブレター再び


 あの日以来、歩美と未だに仲直り出来ずにいた。部活で顔を合わせれば素っ気なく対応され、下校時刻になるとそそくさと先に帰宅する。

 そんな日々が続き、謝罪するタイミングを完全に見失った俺は、途方に暮れていた。

 今日も玄関ドアをあければ、歩美の姿はない。一度恥を忍んで歩美の自宅に足を運んだこともあったが、既に登校してると親御さんに返され、気まずくなった記憶を今でも覚えている。


 俺は寂しい気持ちを隠しつつ、自転車の前カゴに荷物を入れる。途中で歩美と会えば後ろに乗せてやろう、そんなことを思いながら自転車を漕ぎ始めると、見覚えがある後ろ姿を発見する。


おはよう(はよー)、啓介」


 俺は漕ぐのをやめ、自転車から降りる。


「おはよう。あれ、歩美ちゃんは?」

「未だに喧嘩中」

 

 少し不貞腐れたように返してやれば、啓介は楽しそうに笑いだした。


「バーカ。エロ本なんか読むから嫌われるんだよ」

「うっせーな。もうしねぇよ」


 そんな他愛もない会話で笑い合うと、俺は自転車の荷台を手で叩く。


「後ろ乗ってく?」

「えっ。乗ってもいいのか? 歩美ちゃん専用だろ?」

「別に歩美専用って訳でもねぇよ。それに啓介なら気にしねぇし」


 そう返せば、嬉しそうに口元を緩める啓介。


「なら、遠慮なく乗るか」

「おう。早く乗れ」


 啓介がリアキャリアに跨がれば、歩美とはまた違う体重の重みが伝わってくる。後ろから回された手は、野郎の癖にどこか忙しなくて擽ったい。

 子供が掴むかのような手の弱さに、思わず俺は反応する。


「もう少ししっかり掴め」

「わかってる」


 その掛け声と共に、弱々しかった手が強くなる。歩美とは違う温もりに照れくささを覚えつつも、俺はペダルを漕いだ。

 爽やかな夏風が頬をかすめ、耳を塞ぎたくなるような蝉の鳴き声が聞こえてくる。夏の日差しがジワジワと降りそそぐと、じんわりと毛穴から汗が滲んだ。

 暫く心地よい無言が続くと、ふと啓介がボソリと囁いた。


「あっついな」


 ふいに啓介のまわす手が強くなる。次第に俺の背中に顔を沈めれば、呼吸を吸う音だけが聞こえてくる。


「離れろ。暑苦しい」

「いや、もう少しこのままで」

「ああもう、野郎の温もりが気色悪い」


 何とも言えぬ汗ばんだ温もりが気色悪くて仕方がない。

 嫌気をさしながらペダルを漕ぎ続けると、啓介は貞腐れたように突っかかる。


「流石に気色悪いは傷つくわ。これが歩美ちゃんなら、また反応は違うくせに」

「そりゃ、ホテルに一直線よ」

「そんな度胸もないくせに」

「俺は本気で好きな女には、臆病者になるんでね」

「どうだか。好きな奴の前でエロ本みる男が臆病者だなんて、大したもんだな」


 そんな言い争いをし合えば、いつの間にか学校に着いていた。


「ほらほら降りろ。俺は自転車置いたら、朝練に行くからさ」

「わかった。また乗せてくれよ」

「へいへい。歩美がいなければいくらでも乗せてやるよ」


◯◯


 朝練終了後、歩美に謝罪しようとグラウンド周りを見渡すが姿は見当たらない。俺はホームルームが迫っていたので、仕方なく昇降口へと向かう。

 昇降口前は、俺と同じく朝練をしていた人達が上履きを取ろうと群がっていた。

 人気が少なくなったのを見計らい、げた箱に手を伸ばす。能天気にアクビをしながら上履きを掴もうとすれば、指先に何かが当たる。涙で滲んだ瞼を擦りながら凝視すれば、一瞬で俺の眠気がふっ飛ぶのを感じた。 

 そこにはピンク色の封筒が上履きの上に置いてあったのだ。俺は手を伸ばし、封を切る。


ーーーー

 朝練お疲れさま♡

上履きが汚くなっていたから、キレイにしといたよ

ーーーー


 ぞわりと鳥肌が立つ。毛穴からは嫌な汗がながれ、無意識に肩が張る。

 恐る恐る上履きを確認すれば、まっ黒に汚れていた上履きは新品のように光輝いていた。


「……笑えねぇわ」


 ひとり、昇降口に響く声。

 俺はどうしても上履きを履く気持ちにはなれず、職員室からスリッパを借りることにした。

 上履きが綺麗になっていたと告げれば、教員は何事もないかのように大笑いする。「よかったな」「ハハ、お礼を言わないと」「いい子じゃないか」そんな茶化すような声にゲンナリする。

 

 やっとの思いでスリッパを貰い、教室に向かう。教室に着けば、ポッケから手紙を取り出す。忙しなくポケットに放り込んだ手紙は、しわくちゃになっていた。

 正直、気持ち悪く感じた俺は手紙を破りゴミ箱に捨てた。  


「おはよー鈴木くん」

「はよー」


 席に座れば、後ろの席の女子が話しかけてくる。話しの内容はつまらない世間話だったが、次第に俺と歩美の不仲話に変化する。


「ねえねえ。歩美さんと喧嘩したって本当?」

「ホント。でもいつものことだし」   


 そんな返しをすれば、思いの外食いついてくる。 


「もしかして、別れたってこと?」

「別れた? その前に付き合ってすらいねぇし」

「うっそ!? なら私はどう? 絶対後悔させないからさ」 


 冗談まじりに告げる女子の声。ふわりと長髪が揺れ、澄んだ瞳をじっと据えてくる。

 目と鼻の先にある女子の顔。俺は免疫がないせいか、少し照れくささを感じた。


「ははっ、遠慮しとく」

「ちぇ、残念。結構本気だったのに」


 少し拗ねたように、口元を尖らせる。

 そんな可愛らしい姿に胸の鼓動が速くなる。思わず、照れ臭さを隠すように前を向くと、窓側の席にいる歩美と瞳が合う。

 久しぶりに目が合ったせいか、先程とは尋常じゃないほどに鼓動が速まった。

 目と目が数秒ほど見つめ合う形となった俺達は、先生の教室の戸を開ける音で我に返る。 心地よい鼓動と、心が満たされるような感情に俺は歩美が好きなのだと再確認した。

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