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04.昼食と喧嘩

「啓介、昼飯一緒に食べようぜ」

「急だな」


 俺は授業を終えると、啓介のクラスに来ていた。授業を終える終鈴と共に駆け出したせいか、机の上にはノートと教科書が広げっぱなしになっている。

 気づけば俺の視線はノートにむかう。几帳面に書かれた文字、整理整頓されたかのような分かりやすい書き方に思わず感心する。

 きっと授業の内容を理解しているから書けるのだろう。

 

「実は歩美を昼飯誘ったらさ、二人っきりは嫌だから啓介を呼べってうっさくて」

「歩美ちゃんのご指名なら、断わることが出来ないな。いつもの場所か?」

「ああ。屋上で待ってるから必ず来いよ」

 

 俺は大きく手を振ると、啓介は小さく手を振り返した。

 その足で教室に戻ると、俺はロッカーに入れておいた読みかけの雑誌を手にとる。こっそり中身を開くと、どどーんと女性の胸が露わになる。  

 これだこれ! 朝、先輩に貸してもらったエロ本。思わず顔がにやける。俺はカップ麺を手にとり、素早く雑誌を制服のなかに隠した。


「待たせたて悪い」


 屋上につけば、二人は既に昼食をとっていた。

 コンビニで買ったと思われる、野菜スティックを口にながら手招きする啓介。そばに置いてある袋からは、おかかおにぎりと鮭おにぎりが顔を覗かせている。

 そして啓介の隣には、隣にいて当然と言わんばかりの顔をした歩美が座っていた。ピンク色の容器に、うさぎのイラストが描かれた可愛らしい手作り弁当。思わず弁当のなかを覗きこむ。


「ふむふむ、サンドイッチにプチトマトにマカロニサラダか。ひとつくれ」

「毎回ねだるのやめてよ。私はアンタのために作ってるわけじゃないの」

「だって、おめぇの味付けが絶妙なんだもん」


 俺は歩美の目の前で体育座りをし、手を伸ばす。満面の笑みをみせれば、呆れたようにサンドイッチをくれた。


「ひとつだけね」

「サンキュー」


  俺がサンドイッチを頬張ると、歩美は悪戯げに口元を緩めた瞬間だ。


「な、目と鼻がいてぇ!」

「バーカ! 健太は特別でワサビ入りなんだからっ」


 そんな馬鹿騒ぎをしていると、隣から聞こえてくるため息混じりの声。


「うるさい。静かにしろ」


 そこには眉間にシワを寄せ、俺達を呆れたように見つめる啓介の姿だった。


「騒がしくてごめんね。健太って、いつもご飯をせがむから悪戯したくなるの」

「本当に仲いいな」

「そ、そんなことねぇよ! アイツにはいつもイライラして」

「健太、なんか言った?」

「べ、別に何も言ってねーし」

「なら、よろしい」


 ふう、危なかった。一度怒らせると最後。周りにあることないこと言われるところだった。前なんか俺が童貞だとバラされ、赤っ恥をかいた。周りは楽しそうに笑い、「あるって言ってたのになー」なんて先輩達にからかわれた。

 見栄を張って経験済みと偽ったのが運の尽き。近くにいた歩美が急に口を挟んできたのだ。


「経験ってティッシュのこと? 健太の恋人ってティッシュだもんねー」


 その瞬間、グラウンドは笑いの渦に包まれた。普段なら言ってこないが、その日は些細な喧嘩をして根に持っていたのだ。

 そのうえAVとエロ本で得た知識だとバラされ、赤っ恥をかいた。あの日ばかりは顔から火の粉が出そうだった。


 ふとそんな記憶が蘇ると、仲良さげに歩美と啓介が話している姿が目に映る。 

ーー健太と二人っきりは嫌

 やけに言葉がこだまする。

んなもん、啓介が歩美の前に現れたときから知ってる。中学の時、俺にだけに向けられた瞳は、季節の移ろいのように変わったことを。


 俺はモヤモヤした感情を隠すように二人から離れる。そして制服の中からエロ本を取り出すと、大きな胸が露わになったページを隠し見る。

 やはりエロス! エロは全てを救う。

 俺のやさぐれた心を癒やしてくれるのはエロ本しかない。バレないように、コソコソと隠し見ていると不意に放たれる言葉。


「なあ、健太」

「どうした啓介?」

「カップ麺を啜りながら、エロ本をみるのはやめてくれないか?」

「な、最低っ!」


 な、なんだよ。男なら黙ってくれたっていいじゃないか。

 こうなったら茶化すしかない。


「おい、これEカップだぜ? いい胸だなぁ」

 

 雑誌に指をさすと、歩美の顔つきが険しくなる。


「……っ。最低! 私、帰る」

「お、おい! 待てよ」


 俺は咄嗟に手を伸ばす。


「不潔変態、触らないで!」


 ペシっと手を叩かれる。俺に残ったのは手の痛みと虚しさだけだった。ご飯を食べ終わった啓介は、ケラケラと笑う。


「だーから、お前はモテないんだよ」


 そこがお前の魅力だけどなと、謎のフォローを残し、俺の肩を優しく叩く。

 啓介が歩美を追うようにその場を後にすれば、俺はエロ本を閉じて、歩美と啓介の後を追った。



◯歩美side


 健太がやらしい雑誌を見てると知った瞬間、私の心は怒りで満たされた。わざとらしく胸の大きさまで告げたときは、アイツの顔面を蹴り飛ばしたくなったくらいに。

 健太はいつもそうだ。ヤラシイ雑誌を見つめながら、私の反応を伺うと楽しそうに目を細めるのだ。私が嫌悪感をしめすと、しめたと言わんばかりにニヤニヤし始める根っからの変態気質野郎。

 

私はそんなことを思いながら、階段を駆ける。階段を降りるたびに靡く長髪。そして走るたびに、うわばきの擦れる音が反響する。

 ヘアアイロンのせいで焦げ茶色になったと誤魔化し続けている長髪が、汗ばんだ首筋に嫌なほどひっついてしまう。


「あんの、変態男」


 私は前髪をかきあげると、拳を強く握る。口から吐き出した言葉は、どこか怒りが混じり合う。

 健太は昔から貪欲な人間だった。若かれし小学生時代、私と健太が登下校していると、道端で女性が裸体になった雑誌が落ちていた。私はいけない物を見たような気がして恥ずかしい気持ちになったが、それに対し健太は瞳を輝かせながら言った。


「よっしゃ。学校に持っていこう」

「は?」


 健太曰く、こういった雑誌を学校に持ち込めばヒーロー(レジェンド)になれるらしい。

 私は、晴天続きなのにやけに皺がよった雑誌のページが、何だか警告を鳴らしているような気がして、必死に否定したのを今でも覚えている。


 その日は説得して無事に登校したが、雑誌のことは健太伝いにクラスの男子共に知れ渡ったらしく、学校が終わると煩悩に溢れた男共をRPGのように引き連れ、雑誌の元に向かたそうな。

 雑誌を囲むように群がる男共。1ページずつ目に焼きつけるようにみていると、ふいに放たれた言葉。


「次のページ、くっ付いて見れねぇ」


 ピンク色の煩悩に溢れた男共は、普段は絶対に発揮しない集中力を一生懸命使い、慎重にページ剥がした瞬間だった。


「くっせぇ」


 誰かが放った言葉。その臭いは何かはわからない。ただ、甘味に集まる蟻のように群がった男共は一瞬で散った。


「これは」


 ふと漏れる声。男なら瞬時に察するもの。

 私はそんな懐かしき記憶を思い出す。正直、女の私には理解できなかった。一人っ子で無垢でそれといった性教育なんてされてこなかった天使のように愛らしかった頃、そんな猥談の話しなど知らぬ。


 それでも健太が興奮気味に話す話を聞いて、何故か恥ずかしくて擽ったい気持ちになって、嫌悪感で満たされた。今思えば、それが原因で青年向け雑誌に嫌悪感を抱くのだろう。もちろん、あの無神経な男も大きな要因だが。


気づけばモヤモヤとした感情が心を掻き乱し、沸々と黒い感情が渦をまく。そんな苛立ちと複雑で入り混じった想いが足の速さの原動力になっていた。

 そして期待していたのだ。ふと後ろを振り返れば、そこには悪戯げに笑う健太の姿を。屈託のない笑顔を浮かべ、「ごめん」たったそれだけで、全てが馬鹿馬鹿しく感じて許せてしまうのだ。


「わっ」


 階段から足を下ろそうとした瞬間、ふいに掴まれる腕。思わず後ろを振り返れば、そこには啓介の姿があった。


「悪い。驚かせるつもりは」


 申し訳なさそうに眉間に皺を寄せ、口元をへの字にする。


「私こそごめん。ちょっとびっくりして」

「健太も酷いよな。誘ったくせに、自分はヤラシイ雑誌に夢中だなんて」


 啓介は一瞬寂しそうな表情を浮かべると、すぐに苦笑する。

 そんな姿を見て思う。いつも私と健太が馬鹿みたいな喧嘩をしても、必ず仲裁してくれる。いつも呆れたように笑っても、必ず私達の側にいてくれるのだ。


「啓介って優しいね」

「当然だろ? 歩美ちゃんは大切な存在だから」

「なにそれ。私のこと好きなの?」


 冗談まじりで告げれば、啓介は視線を逸らし、考えるように口元を手で隠す。

 予想だにしない表情に、思わず動揺する。


「えっと、図星だったり?」


 そんな動揺とは裏腹に、啓介は悪戯げに笑った。


「もし好きだと言ったら?」

「……困る、かな」

「わかってる」


 そう告げた瞬間、啓介は私の腕を強く引っ張った。ふらつく足元、その衝撃で啓介の胸板に吸い込まれるように倒れ込む。人肌の温もりと、ふわりと香る男らしい匂いに心臓の鼓動がやけに速くなる。

啓介は手慣れたのように、もう片方の手を私の背中に回すと、身体を強く引き寄せた。


「ずっと、このままだったらいいのにな」


 耳元を擽る甘い声。その瞬間、血流が全身に駆け巡るかのように熱くなる。心臓の鼓動は波を立て、顔中に熱が集まるのを感じた。

 反射的に身体を引き離せば、自分でも驚きを隠せない表情をしていた。


「ご、ごめん。気づかなくて」

「くくっ、悪い。冗談だよ冗談。いつも喧嘩に巻き込まれるから悪さした」


 露骨に動揺する私の姿を見て、啓介はおかしそうに笑う。

 無駄にときめく鼓動を抑えながら、恥ずかしそうに口元を尖らせた。 


「変にドキドキした……」

「はは。ごめんって。でも嬉しかったよ。俺が本気だせば、歩美ちゃんが振り向いてくれそうだから」

「まさか。ただ免疫がないだけ」

「そうかもな。歩美ちゃんは俺に一切言い寄ってこない女性だから」

「啓介って驚くほどモテるよねぇ」

「まあな。でも好きな人以外からモテたって、何も嬉しくないぞ?」


そんな他愛もない会話をしていると、啓介はイタズラげに笑った。


「あまりモタモタしてると、健太に恋人が出来たりしてな?」

「あんな変態に彼女ができたら、その子も余程な変態でしょうね」

「そんなこと言わずに早く仲直りしろよ? また、喧嘩に巻き込まれるのはごめんだ」

「ま、啓介が言うなら、アイツと仲直りしてあげてもいいかな?」


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