03.幼馴染と付き合う?それ都市伝説
日曜日の朝、怠い体を無理矢理叩き起こし、俺は朝練の為に一時間早く学校に来ていた。
理由は至って単純なもので、来年俺は三年生になる。先輩の威厳を保つため、グラウンドを人一倍走り、誰よりも多く体力をつけなければいけないと自負しているからだ。レギュラーたるもの油断は禁物だからな。
グラウンドを20周走り終われば、野球部のマネージャーである歩美が、ドリンクとタオルを投げるように渡す。
「ほら、ドリンクとタオル。早く汗まみれの臭い体を拭きなさい」
「けっ! 可愛げがねーヤツ!」
俺は歩美から受け取った常温のドリンクを一気に口に入れ込み、真っ白でいい香りがするタオルで思いっきり顔を拭いた。
「サンキュー、歩美」
一息ついた俺は、空っぽの容器と汚くなったタオルをぶっきらぼうに渡す。
一応、誤解されたくないから言うが、こんなふうに見えて、俺は歩美に感謝している。汗臭い野郎らの部室に入ってくれたり、部員の衣類を嫌がらずに洗濯したり、俺が朝一番で部室に入れるように鍵を開けてくれることを。
まあ、歩美が調子にのるから絶対に言わないが。
「ねぇ、健太」
「どうした?」
「ほら、健太の大好物のハーブクッキー。昨日沢山作ったのに、色々あって渡せなかったでしょう?」
「マジかよ!」
歩美は、透明なビニール袋に入ったハーブクッキーを渡してくれる。これ、俺の好物のハーブクッキーじゃないか。しかも歩美の手作りときた。アイツが作るお菓子は神級で毎日食べても飽きないんだよな。
「ありがとな、歩美」
「どう致しまして」
「あけても良いか?」
「はいはい。いいよ」
袋からハーブクッキーを取り出すと、口の中に放り込む。程よい甘さが包み込むと、心地よいハーブの香りが鼻孔を擽り、俺の顔がにやけそうになる。
「美味しい?」
歩美が俺の顔を覗きこむ。
「当たり前だろ? 俺の好物だから」
サクサクと咀嚼しながら、全てのクッキーを平らげる。
歩美は満足げな表情で、俺を見つめた。
「悪かったと思ってるの。勝手に健太の部屋に入ったこと。罪滅ぼしのつもりで焼いたんだからね?」
「お前、昨日焼いた余り物で罪滅ぼしするのかよ」
「あ、ばれた?」
歩美がおかしそうに笑えば、俺も釣られるように笑う。
俺が歩美に好意を寄せるのは、話が合うのも勿論、喧嘩してもすぐに仲直り出来る所もそうなんだろうなぁと、ふと思う。
俺達は途切れのない会話を続けていると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「先輩おはよーっす!」
「大介、はよー」
日に焼けた肌と相撲取りのように体格がいい男、大介が気色悪い笑みを浮かべながらやってきた。
額から汗ばむ姿に、歩美はすかさずタオルを差し出す。
「大介くん、お疲れ様」
「歩美先輩ありがとうございますっ」
大介が真っ白なタオルを首にかけると、更に肌の日焼けを引きたてる。
「健太に負けないように頑張ってね」
「勿論っす! 歩美先輩から貰ったタオルでやる気が出ましたよ」
「そう? じゃあ、私はやることあるから」
歩美は大介に手を振ると、タオルや汚れものを洗う為、部室前の洗濯機に向かった。
「啓介さんに聞きましたよー。マネージャーとまた喧嘩したみたいっすね?」
あのお喋りイケメン野郎! それに大介、お前は後輩のくせにうるせぇよ。
「それは昨日の話。今は違うから」
「ブヒヒ、夫婦喧嘩は終わりっすか?」
大介は鼻を鳴らしながら俺を弄ぶ。
「いつも思うが、笑い方キモいわ。それと付き合っていねぇと何度言えば気がすむ。だからお前は黒豚って言われるんだ」
「一応、極上ものっすよ?」
「だから早起きして、体力をつけようと頑張ってるんだよ。お前に負けないようにな」
「褒めの言葉、嬉しいっす!」
大介は満面な笑みを浮かべる。
俺は正直、一年の大介が怖い。化け物のような体力とスタミナ力は侮れない。下手したら一年でレギュラーになる可能性がある。一年にレギュラーを取られたら、二年生の俺らの面子が丸潰れだ。
「そういえば啓介さんから伝言っす。今日は一緒に下校しないか? とのことです」
「ああ、アイツも部活あるらしいな?」
そういえば啓介、俺好みの先輩から告白されたとか、一人で下校すると女子グループに絡まれて面倒って言ってたな。
お人好しな啓介は、好意を抱かれた相手に強く言い返せない。だから俺達と一緒に帰りたいのだろう。一人より絡まれる心配はないしな。
「わかった。そういえばお前、何でサッカー部に行った? 野球部から遠いだろ?」
「ブヒ。実は俺、中学はサッカー部に入部してたっす。恋しくて……」
「はあ!? じゃあ何で野球部に入部した?」
「ブッヒヒ」
大介は照れ臭そうに、歩美がいる方をチラチラと見つめる。
「あーそういうこと」
「まあ、失敗っす。まさか歩美先輩に、仲がいい幼馴染がいるなんて思いもしませんでしたし」
「仲がいいと言われてもなあ……」
思わず、俺と啓介の扱いを思いだす。
啓介の前だと可愛らしい同級生。俺の前だと生意気で可愛げのない幼馴染。どうせなら啓介が来る前に聞きたかった言葉だ。
それにしても歩美、モテるんだな。小中高ずっと一緒だが、モテた所なんてみたことないぞ。
「幼馴染ってだけで勝ち確じゃないっすか」
「お前は、幼馴染ってだけで付き合えると思ってんの?」
「でも幼馴染と青春して、恋人になるとか聞きますよ。だから羨ましいっす」
「それ、俺の現状みて言う?」
大介は俺のことをチラ見すると、遠慮がちに告げる。
「もしかして俺にもチャンスがあるって感じで?」
「いや、ねーよ」
「ま、そうっすね。健太先輩が歩美先輩以外の女子と付き合えれば、希望はあるかも知れませんね」
「だから、そんな仲じゃねぇつーの」
そんなこんなで部活が無事に終わり、俺は汗臭い体育着を部室で着替える。
帰りの準備を終えると、歩美を呼んで啓介がいるサッカー部へと向かった。
サッカー部では、部活を終えた女子達が楽しそうに雑談をしていた。所々で啓介の名前が聞こえてくるのは、俺の聞き間違いだと思いたい。
歩美は、俺を揶揄うようにニヤつく。
「やっぱり誰かさんと違ってモテるね?」
「うっせーよ」
俺は適当にあしらい、周りを見渡した。すると、女子達に囲まれる一人の男。遠方からでも聞こえる女子達の甘い声。
「彼女っているんですか?」
「啓介先輩のタイプを教えてくださいっ」
「連絡先教えてほしいです」
「一緒に帰りませんか?」
「はあ。イケメンすぎてツラ」
「マジで一日でもいいから付き合って」
啓介は困ったように用事があると言い返すが、女子の熱が冷めることはない。
俺は女子の陣を壊すように、ズカズカと入り込む。
「おい、啓介! 早く帰るぞ」
俺は、啓介の腕を思いっきり掴む。
「健太、来てくれたか! みんなごめん。俺は友達と帰る予定があるからーー」
申し訳なさそうに頭を下げて、女子の輪から抜け出す啓介。
女子は不満げに俺と歩美を睨みつけるが、歩美はいつものことなので気にする素振りすら見せない。
女子が名残惜しげに手を振ると、啓介も優しく手を振り返す。嫌ならハッキリ拒絶すればいいと思う俺は、モテる啓介に嫉妬しているのだろうか。
俺は耳打ちする。
「ボインボインのかわいい子いた?」
「おい、歩美ちゃん。聞いてくれ」
「ちょ待て、タイマタイマっ」
思わず啓介の口を手で塞ぐ。
そんな様子にため息をつく歩美。
「どうせ、やらしいこと聞いてるんでしょう? 怒る気にもなれない」
あまりの素っ気なさに、塞いだ手が自然と外れる。
啓介は感心したようにうなづいた。
「さすが幼馴染。二人は付き合っていないんだろう?」
「あのなあ……」
「変態の健太と付き合うなんて不潔よ」
啓介は、歩美の返答に口元を緩める。
「歩美ちゃん、健太に変態はないだろ? アイツはモテないだけだ」
「そうね? ラブレターを自演自作するくらいにね」
「だから俺を弄るな!」