02.エロ本は男の友
休日の朝、珍しく部活がなかった為、俺は歩美と啓介と一緒に漫画読み漁り大会をすることにした。
俺の家には有名少年漫画から、人気青年雑誌まで色とりどりの豊富な書物がある。そのせいか集合は決まって俺の部屋となっていた。
各自、昼飯を食べてから集合なので、俺は暇を潰しに自転車に跨った。勿論目的はエロ本自販機だ。週に一度、新作の雑誌が販売されるので、スリルと興奮を得る為、17歳という禁断の壁を越えながらも毎週ペダルを漕いでいる。
運が良ければ自販機の裏に捨てられたエロ本が無料で手に入ることがあるので、俺は自然と漕ぐスピードが早くなる。遅すぎても早すぎても駄目、絶妙な時間帯に行くのが成功する秘訣だと俺は知っていた。
24時間マークの小さな看板が見えてきた。俺は自然と鼻息が荒くなる。顔をにやけさせながら、簡易的な小屋に入ると色とりどりのエロ本がズラリと並ぶ。
巨乳女子高生、Gカップ既婚者熟女等と、世間的には相応しくはないが、全世界の男には隠し切れない好奇心と胸が熱くなるタイトルばかりだ。あの大きな胸に拒絶する者は誰一人いない。
俺は躊躇なく、自販機の裏に手を突っ込むと固い何かが手に当たる。思いっきり引っ張ると‘豊潤な熟女’と、書かれた雑誌だった。
「よっしゃ! 当たりだっ」
思わず俺はガッツポーズをする。
俺はこの自販機に出逢ってから、今までの概念が変わった。主に女子高生メインだったのが、気付けば熟女の虜になっていたのだ。
当時の俺は、母親と同じ年齢の女性がエロ本の表紙に載るなんて思いもしなかった。いつも真面目で凛としている年上の女性が、ベッドの上で腑抜けになる姿を見るとどうしようもなく興奮するのだ。大人は真面目という概念が崩れ、一本の糸が切れたときの裏の顔がたまらなく唆る。
俺は思わず本を抱きしめる。そして二台ある自販機をじっくり堪能しながら確認すると、ずっと前から品切れだった‘既婚者! 熟女の乱れ’というエロ本が販売されていた。
値段は千円だったが、女性の表情とずっと品切れだった事実もあり、迷わず俺はお金を吸わせた。
外に出ると未成年という事もあり、俺は露わになった表紙をコンビニで買ったパン入りの袋に隠し入れる。これで完全犯罪だ。
何故か浮かれてると思われたくない俺は、買った雑誌を今すぐ読みたい衝動を抑え、自転車を押しながら帰路しようとしたときだ。
「あれ? 健太どうしたの?」
歩美と啓介が、コンビニの袋をぶら下げながら話しかけてきた。
どうやら俺が自転車を押しながら歩いているのが疑問のようだ。
「お、おう! 家に帰っても暇だから時間潰し」
「ふうん? あっそ」
歩美は納得しなさげだったが、これ以上追求することはなかった。
「そういえば昨日は災難だったね」
歩美は苦笑する。確かにそうだ。昨日は本当に災難だった。
クラスに入ると俺がラブレターを貰ったと既に噂が広がり、クラス全員から弄られキャラになってしまったのだ。
〝あの健太がラブレター貰った〟と、クラスだけではなく、担任と後輩、いや、学校中の噂になった。しかも俺が非モテだから自演自作したと言われている。
たく、誰だよ! こんなデマを流した奴!
そのせいで楽しみにしてた部活が質問攻めになっちまったんだ。マジで呪う。
「ねえ、健太?」
「あんだよ」
俺は不機嫌そうに返事をすれば「……やっぱ、なんでもない」と話題を遮る。
流石幼馴染、わかってる。
暫くすると、啓介と歩美が楽しそうに会話を始める。
のけ者にされた俺は、軽く二人を睨みつけてやれれば、あることに気がつく。先ほど購入したエロ本が、風に揺られて表紙が露になっているのだ。
ーーげっ、やべ! 歩美にバレたらまた何かと怒られる。
表紙を隠そうとカゴに手を伸ばし、ガサガサと袋を動かしたときだ。
「どうしたの?」
歩美が啓介との会話を中断し、俺が弄っている袋に目線を移す。
「な、なんでもねーし!」
分かりやすく誤魔化したのが駄目だった。
「……怪しい」
歩美は悪戯げに笑うと、カゴに入った袋に手を伸ばす。
やめろ! と、叫ぶが既に遅し。歩美はエロ本の表紙を見て悲鳴をあげた。
「……っ、最低! 何で男はこんなエッチな本が好きなわけ!?」
不潔そうに俺を見つめ、本の先っちょをつまむ。
おい、新品だから乱暴に扱うな……。
「歩美ちゃん、少し落ち着いて。健太は女にモテない体質だから仕方ないだろう?」
「前々から思ってたけど、啓介は俺を見下しすぎ」
マジで啓介はナルシスト気質のせいか、人を見下すことがありすぎる。モテることが当たり前だと思うなよ? そしたら俺、泣くからな? なんて呑気に思っていれば、歩美が道中でこんな言葉を叫んだ。
「啓介の家には一つもないじゃん! エッチな本が!」
おい、恥ずかしいこと叫ぶな……。
「歩美ちゃん、俺だって男だから一つや二つあるって。健太みたくバレないように隠してるだけで……」
「健太を庇う嘘でしょ?」
「そ、そんなことは……」
啓介、お前はいきなり動揺しすぎ。きょどるな。
確かにお前ん家には、みんなが抱くイメージ通りにエロ本なんて存在しない。
俺は歩美とお前の部屋を捜索したとき、清楚なお前の心に衝撃をうけたんだぜ?
思春期の俺達には、エロ本が必須なはずなのに、いくら探しても見当たらない。イケメンと言えど、啓介は男。精力があっても不思議ではない。
致し方ない。後で貸してあげよう。
「昨日だって健太はエロ本出しっぱなしで、ゴミ箱に濡れたティッシュ入ってたし!」
「おい、お前……!」
何でお前知ってんだよ。あの限定版、超プレミアムエロ本はきちんと大切にしまい込んだはずなのにって、お前また!
「無断で俺の部屋に入ったな!?」
「はあ!? ベランダからすぐに行けるって知ってるなら、普通は鍵閉めるでしょう?」
「はっ? お前最低だな」
「お、落ち着けよ二人とも! ここは外だからな! な?」
啓介は俺達の喧嘩に仲裁しようと、苦笑しながら割り込んでくる。お前はいつもいつもそうやって、俺達の喧嘩をやめさせようとする。だけどもう限界なんだ。歩美が人の部屋に無断で入り、ご丁寧にゴミ箱に入ったティッシュの濡れ具合まで調べる。
俺の親だってしねぇぞ!
「歩美とは絶交だ!」
「私もよ!」
「いい加減にしろよ! これで何回目だ。付き合う身にもなってみろ!」
啓介は力強く叫ぶのと同時に、諦めるような弱々しい溜め息をはいた。
その様子を見た俺は、急に罪悪感を感じる。
「悪かった、啓介」
いつもいつも喧嘩の巻き添えになってるのに悪い顔一つしない。本当に涙が出るほど良い奴だ。
「お詫びにエロ本コレクションを一緒に見ないか?」
俺がそう言えば、歩美は啓介の腕をさりげなく引っ張る。
「待って! 啓介は私と一緒に行くの」
「……もう本当に2人とも、やめてくれないか?」
俺も啓介の空いた腕を掴むと、歩美は啓介の腕を強く握った。
「……啓介には今回のお詫びとして、私の手作りハーブクッキーと紅茶をご馳走したいの。ね?」
はあ!? 手作りハーブクッキーだと?
確かにお前のハーブクッキーは、この世にあるどの店より旨いと思う。だが啓介は男だ。食欲より精力の方が上だ。勝利を確信した俺はニヤリと口元を釣り上げる。
「……はあ。今日は健太んち行くわ。歩美ちゃんごめんな?」
「啓介も健太の味方なの?」
「いや、前は歩美ちゃんの家だったから……」
「酷い! 啓介の馬鹿っ」
歩美は叫ぶと、自宅に向かって走り出した。ふふん、ざまあ見ろ!
「さあさあ! 啓介は俺と一緒に‘既婚者! 熟女の乱れ’を見ような?」
俺は啓介の背中を勢いよく押せば、困ったような笑みを浮かべて「あ、ああ」と返事を返した。
(……啓介お前、エロ本一つもないって異常だから貸すぞ?)
(いや、必要ない……)
エロ本は男の友