23. 願い事
午後の授業を受けている最中、ロゼッタは斜め少し前の席に座っているマリナと通路側に座っているアスベルトを交互に見る。
(――さっきアスベルトから、マリナが抱きついたのは「彼女が石に躓いて転びそうになっただけ」って躊躇無く答えてくれたけど、それでもアスベルトがマリナの事を好きなのは変わらない……。それに、報われない恋いなんて早く忘れないと。自分が辛くなるだけだから――)
午後の授業が全て終わると、教師がそのまま話し始める。
「来週から学園が長期休暇に入ります。その期間、学園は閉まっていますので、今のうちに出来ることはやっといてください。それでは、本日の授業を終わります」
そう言い終わると、教師は教室から出て行く。
(長期休暇? そう言えばそんな話、前先生がしてたっけ? すっかり忘れてた……)
△
長期休暇前日の教室。
アスベルトはロゼッタの席の前にやって来る。
「ロゼッタ。急で悪いが、明後日の茶会と長期休暇中の茶会は休会になる。公務が忙しく時間がとれそうにない」
「そうですか。分かりました」
(お茶会もお休みか……)
アスベルトから茶会も休みになると聞いたロゼッタは、長期休暇中どう過ごそうかと考えながら馬車が待つ機場所に向かっていると、2人の女生徒が立ち止まって話をしていた。
その女生徒の横を通っていると、2人の会話がロゼッタの耳に届く。
その会話を聞いたロゼッタは、直ぐにファームス家の邸宅に向かう。
ファームス家に着いたロゼッタは、出迎えてくれた侍女に父親の所在を聞く。
「お父様は今どちらに?」
「旦那様でしたら現在、書斎におられます」
「そう。ありがとう」
軽くお礼を言った後、ロゼッタは直ぐに父親が居る書斎へと向かう。
書斎部屋の前に着き、扉をコンコンっと軽く叩くと中から「はい」と返事が返ってきた。その言葉を合図に、ロゼッタは扉を開け中に入る。
書斎部屋には、作業をするための黒色の書斎椅子と木の机、そして壁側には資料が入った棚がずらりと置かれていた。
父親は扉を叩いた人物がロゼッタだと知り、書斎椅子に座って動かしていた手を止め笑顔で出迎える。
「お帰り! ロゼッタがここに来るなんて珍しい。何か用事でもあったのか?」
「はい! お父様にお願いが在りまして……」
「私に?」
父親は、普段願い事など言わない彼女を不思議そうに見る。
「はい。来週から学園が長期休暇に入ります」
「ふむ。その話は聞いている」
「そうですか。では、急ではありますが来週から少しの間だけバンルテ村の別荘に滞在したいと思っております」
「!?」
ロゼッタが言ったバンルテ村とは、馬車を速く走らせても2時間以上掛かる小さな村で、回りには緑と小さな川と山しか無かった。
ロゼッタは前世の記憶を思い出す前、一度両親に“バンルテ村の近くで用がある”と言われ、連れて行かれた事があった。
周りには自然しか無く、遊ぶ所も無かったため退屈な日々を送り「もうあそこには、二度と行きたくない!!」と両親に言ったっきり、一度も訪れたことが無かった。
「何故、急にバンルテ村に行きたいなんて?」
「それは……」
「――ロゼッタの折角願いだから了承しなくも無いが……急に言われても侍女や料理人の手配が……」
「その辺は大丈夫です!! 私一人でなんとかします!」
さらに父親の目が見開く。
「いや、しかし……」
「大丈夫です! もう、私も大人なのですから。それに、小さな村ですが飲食店も存在しているはずです!」
「……一週間だけ待ってくれないか? そしたら、侍女や料理人の手配が出来ると思う!!」
父親は必死にロゼッタを説得しようと椅子から立ち上がる。
(一週間……)
父親から「一週間待ってくれ」と言われたが、一週間も待てない彼女はどう父親を説得するか考える。
ロゼッタが一週間待てない理由は、2人の女性との会話が関係してくる。
それは、学園が長期休暇に入って直ぐに願いが叶うと言うマリンリーズと言う花がバンルテ村の山に咲くと言う話だった。
その話を聞いたロゼッタは、その願いが叶うと言う花で“アスベルトの事を好きな想いを忘れられるぐらいの素敵な出逢いがあるように”と願おうと思った。
「お父様、それでは遅すぎるのです!」
「遅い? 何故?」
「それは、宿題のためです!」
「宿題?」
ロゼッタから「宿題のため」と言われた父親はキョトンとする。
「そうです!学園から出された宿題に、珍しい物を探す。と言うのが出されました。それで、聞いた話なのですがあの村にはとても珍しい花が咲くとか。それがちょうど、学園の長期休暇に入った時期に咲くみたいなのです」
「そうか。それだったら、早めの方が良いな――。分かった。とりあえずメリルと相談してみよう」
「お父様、有難うございます!」
母、メリルの了承が出ればロゼッタは直ぐにバンルテ村に行けるようになり、マリンリーズを探すことができる。
そのため、なんとしても母親の了承が欲しかった。
△
翌々日、未だに母親から了承が下りず自分の部屋のソファーに座りながらソワソワしていると、部屋の扉がノックされる。
ロゼッタはビクリと肩を跳ね上がらせ、急いで返事をする。
「はい。どうぞ」
入って来たのは、ロゼッタの両親だった。
2人はロゼッタが座っているソファーまで近づくと、開いている席に座る。
ソファーに座ると、母親メリルが話す。
「ロゼッタ、話は聞いたわ。バンルテ村に行きたいそうね。
「はい」
「そう。だったら明日から行っても良いわ」
「本当ですの!?」
「えー。でも、貴方も知っていると思うけれど、侍女も料理人も用意が出来ないわ」
「はい」
「ただ――」
母親の“ただ”と言う言葉を聞いた瞬間に少しロゼッタは強ばる。
「昨日、ある方と会った時にその事を相談したら、何とかしてくださったみたいよ。今朝、その事で連絡が来たの」
「え?」
「だから行ってきて良いわよ。バンルテ村に」
ロゼッタは、母親が笑顔でその事話すことに少し嫌な予感がしたが、相談した相手が誰なのかを聞く勇気は無かった。




