13. 風邪の時は心細いから
朝日が昇り、外が明るくなって少し経つと、ロゼッタの部屋に腰まである赤毛を後ろで三つ編みにしたロゼッタと歳の差が、さほど変わらない侍女が入ってくると直ぐにカーテンが掛けられている窓に向かった。
「お嬢様、おはようございます。もう朝ですよ」
侍女はそう言いながら、カーテンをガラッと全開にする。
開かれたカーテンの窓から朝日がロゼッタの部屋に入ってきて、一気に部屋が明るくなった。
眩しさからロゼッタは布団で顔を隠そうとするが、それを侍女に阻止される。
「お嬢様、ダメですよ。早く起きてください! 今日は王太子殿下とのお茶会の日ですよ」
そう言われ、ロゼッタは“昨日の事があるから、行きたくないなー”と思いながら、のそっと上半身だけを起こすと、身体が重く頭もクラクラする感覚に襲われた。
「う~。頭がクラクラする。もう、ダメ――」
そう言うとロゼッタはパタッと再びベットに横たわる。
何時ものロゼッタからは考えられない行動に、侍女は心配そうな顔をする。
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
「だめ……」
侍女は直ぐに駆け寄り「失礼します」と言い、ロゼッタの額に片手を当てもう一方の片手を自分の額に当て体温を計る。
「少し熱いですね。お嬢様、ちょっと待っててくださいね!」
そう言い残し、侍女は慌ててその場から立ち去った。
少し経つと、ファームス家専属の医師とロゼッタの両親、そして先ほどの侍女が部屋に入って来た。
医師は直ぐに、ロゼッタに近づくと彼女の左腕を優しく掴み手首で脈を測る。
その様子を両親と侍女は、不安そうな表情をしながら見つめる。
「少し、脈が早いですね。熱も有りますし……でもこれは――風邪ですね」
「風邪……?」
「はい。おそらく何らかの疲労が一気に出て来たのでしょ」
「本当ですの? 重い病気とかではなく?」
母親は医師の診察が信じられないのか、疑いながら聞く。
「はい。普通の風邪ですよ」
「はぁー。良かった」
母親はその場で腰が抜け、崩れ落ちそうになったのを横に居た父親が支える。
母親がこれまで心配した理由は、ロゼッタはこの歳まで一度も風邪や病気を一回もしたことが無かったからだ。そのため母親は“もしかしたら重い病気では無いか”と心配していた。
「今日は、栄養の有る物をとって、ゆっくりお休みになられたら良いと思います。後でお薬も用意いたします」
「ロゼッタ、私たちは先生を見送ったらいったん自室に戻るから、何かあったら侍女に言うんだぞ」
父親が言い終わると医師と一緒に両親も部屋から出て行った。
両親達が出て行くのをロゼッタは目で見送ると、眠気が急に襲ってきてそのまま目を閉じた。
△
スヤスヤと眠っていたが、廊下がザワついていた事により目が覚める。
「うーん」
(何騒いでるんだろう?)
ぼーとする頭で扉を見つめながらそう思っていると、コンコンと扉が叩かれる。
すると直ぐに扉が開く。
そこには先ほどの赤毛の侍女とその後ろには、アスベルトの姿が在った。
(アスベルト……?)
アスベルトは室内に入るなり、ロゼットのベットにゆっくりと近づく。
それをぼーと横になりながら眺めていたが、今の状態を理解し直ぐにベットから降りようと思い上半身だけ起こそうとする。
「無理をしなくていい」
そう言いながらアスベルトは両手でロゼッタの肩を軽く掴み優しくベットに寝かせる。
アスベルトの言葉に甘え、寝ながらアスベルトにお礼を言う。
「有難うございます……」
「かまわない」
(何でアスベルトが居るの? 昨日のことが有るからあまり顔を合わせたくないのに……)
ロゼッタは思った事を聞いてみる。
「あの、アスベルト様は何故ここへ?」
「使いの者から聞いた、君が初めて風邪を引いたと」
「そう、ですか……。今日のお茶会、お伺い出来ずに申し訳ありませんでした」
「そんな事はどうでも良い。 それより熱はどんな感じだ?」
そう言いながらアスベルトは、ロゼッタのおでこに自分の手のひらを当て熱を測る。
その時、ドキッとロゼッタの心臓が跳ね上がると、次第に鼓動が早くなり顔も赤くなっていく。
(何でこんなにドキドキしてるの? ――そっか。これはきっと、風邪を引いたせいなんだ。風邪の時は心細いから、きっとそうに決まってる)
「――熱いな……顔も赤いし。まだ、熱が有りそうだな」
アスベルトはロゼッタの顔が赤いのは熱のせいだと思った。
「ご飯は食べたか?」
「いえ、まだ……」
「食欲はあるか?」
「はい……」
「そうか。なら、何か食べたい物とか有るか?」
「え?」
やけに優しいアスベルトに少し戸惑いを隠せなくなる。
(アスベルトは何でこんなに優しくしてくるの? 分からない……)
「あの。なぜ、ここまで気に掛けてくださるのですか?」
ロゼッタの質問を聞いたアスベルトは、一呼吸してから真剣な表情で答え始める。
「君に恩があるから……」
「恩?」
ロゼッタは“恩"と言われてもピンとくる事が出来なかった。
「幼少期の頃俺が風邪を引いた時、両親は他国で開かれるパーティに参加するため屋敷には居ず、侍女達は翌々日に開催される王族主催のパーティーために忙しくて、俺を見れる者は誰も居なかった」
「……」
「でも君が、ロゼッタが代わりに俺の看病をしてくれて……」
アスベルトの言葉を聞いて昔を思い出す。
(確かあの時、アスベルトが風邪を引いたけど屋敷の人たちは忙しく、手が回らない。ってお父様がお母様に話したんだっけ? それを聞いたお母様が、将来王妃になるのだから看病しに行きなさいって私に言ってきて、前世の記憶を思い出してたから渋々と看病をしてた記憶が――)
「当時の俺は、ロゼッタが居てくれた事によってとても安心が出来た。それに――」
「それに?」
「いや、何でも無い……」
ロゼッタは、その後の言葉が気になったが、アスベルトがそれ以上喋る事は無かった。
アスベルトが、ここまでしてくれる理由を知ったロゼッタは、自分は渋々看病してただけなのにと思い心が痛み、アスベルトから顔を背ける。
「――っ今日はもう帰る」
「え?」
直ぐにアスベルトを見ると、先ほどまでとは違い曇った表情をしていた。
(え? 何でそんな顔するの?)
ロゼッタがそう思っていると、アルベルトは部屋から出て帰っていった。




