12. 馬車の中での出来事。
「そりゃー、そう思うよね。何でそんな事をしたのかって……。少し話が長くなるんだけど――今日、放課後にマリナ嬢が生徒会室に来る事になってたんだけど、50分ぐらい経っても来なくて……。アスベルトから用事が有って少し遅れるとは聞いてたけど、あまりにも遅いからマリナ嬢を探しに向かったんだよね」
「……」
「それで初めに、教室から探すことにしたんだけど。その時、偶然ロゼッタ嬢の鞄がまだ在るのを見つけて。ロゼッタ嬢って、何時も直ぐに帰るでしょ?」
「え? はい」
「だから、“おかしいな?”っと思ってアスベルトに鞄が教室に在った事を言ったんだよね。そしたら、急いで馬車の待機場に向かって行って……」
普段、自分に対しての態度からでは到底考えられない行動に、ロゼッタは自分の耳を疑う。
しかし、そんなロゼッタをお構い無しにカイルはどんどん話しを進める。
「ファーム家の馬車がまだ待機してるのを確認すると、アスベルトがいきなり御者に嘘を言ったんだよね」
「嘘?」
「そう。“ロゼッタ嬢はオレ達と勉強会をしてて遅くなっている。”って言う嘘。それで、30分経ってもロゼッタ嬢が来なかったら、まだ長引いていると思って先に帰って良い。終わったら自分が家まで届けるからって――」
「そう、だったんですね……」
カイルからどう言う理由で馬車が帰って行ったのかを聞いて、納得するのと同時にアスベルトが嘘をついた行動が気になった。
(カイルは、御者や私の家族が心配しないように、アスベルトなりの配慮って言ってたけど……。いくら放課後になってから50分ぐらい経ってるからって、普通嘘までついて帰させたりする?)
ロゼッタはアスベルトの行動に疑問は残っていたが、その事について深く聞くことは無かった。
カイルはロゼッタに馬車が帰った理由を伝え終わると、今度はどのようにしてロゼッタ達を見つけたのかを話始めた。
△
カイルの話が終わる頃には、馬車はファームス家の邸宅まで着いていた。
ロゼッタは、直ぐに感謝の気持ちを込めてカイルにお礼を言う。
「カイル様。今日は本当にありがとうございました」
「気にしないで。アスベルトに言われてやった事だし」
「アスベルト様に?……」
カイルの言葉でふと、ロゼッタはアスベルトの事を思いだし、御者が馬車の扉を開けて外で待っている中不意に聞いてしまう。
「……アスベルト様は?」
その質問を聞いたカイルは、迷うことも無く直ぐに答える。
「あー。アスベルトはマリナ嬢を寮まで送るってさ。マリナ嬢に聞きたい事が有るのと、今ロゼッタ嬢はきっと――」
アスベルトがマリナを寮に送ると聞いた後、カイルの言葉はロゼッタの耳には届いていなかった。
(あの後、マリナはアスベルトを選んだって事?)
マリナがアスベルトを選んだと知って嬉しいはずなのに、胸が少しズキッとする。
その後、改めてカイルにお礼を言うと、ロゼッタは馬車から降りて邸宅入る。
邸宅に入るとロゼッタと同じ亜麻色髪を頭の上で編んで、上品なドレスに身を包んだウキウキ顔の母親が出迎える。
「ロゼッタお帰り。王太子殿下は?」
「え?」
「今日、殿下と勉強会をしていたんでしょ? しかも、終わったら送り届けてくださるって。御者から聞いたわ」
「あっ!」
ロゼッタはカイルの言葉を思い出す。
(そう言えば、そういう嘘を御者についたんだっけ……実際にはカイルが私を送り届けてくれて、アスベルトはマリナを送って行ったけど――)
「もう、帰られたよ」
「もう、お帰りになられたの? 殿下にお礼を言いたかったのに」
「……」
「残念……。あなた、明日殿下と茶会の日でしょ? 今日言えなかったお礼言っといてちょうだい」
そう言うと母親は、直ぐに自室が在る廊下の方に向かって歩いていった。
(そう言えば明日、アスベルトとの茶会の日だった……)
「はぁー」
誰も居ない廊下にロゼッタのため息だけが聞こえる。
自室に着くと、朝から計画を実行するために動いていたのと、マリナと一緒に閉じ込められた事もあり、どっと疲れを感じた。
疲れを感じ、とりあえずお風呂入ることにする。
ファームス家のお風呂は各部屋に必ず備えられている。
それは、ロゼッタの自室も例外は無い。
侍女に頼んで自室の浴槽にお湯を張って貰うことにした。
ロゼッタの部屋の浴槽は白色に金色の猫足タイプの物。おまけに、壁も床も大理石で出来ている。
浴槽につかりながら、カイルが馬車で話してくれたことを思い出す。
***
「アスベルトが御者に嘘をついてから、直ぐにロゼッタ嬢とマリナ嬢を一緒に探し始めたんだけど、なかなか見つからなくて……。とりあえず、ファームス家の馬車の様子を見るために30分より少し前から見てたんだけど、御者に言った時間までにロゼッタ嬢は現れること無く、馬車はそのまま帰って行ったんだよね」
カイルの話を馬車に揺られながらロゼッタは黙って聞いていた。
「その後も必死に探してたら、たまたま訓練室に向かう階段の下で教員がうろうろしてたから、アスベルトが理由を聞いたんだ。そしたら、ロゼッタ嬢が訓練室を貸切にしてたけど予約時間が過ぎても、なかなか鍵を返しに来ないから心配してたんだって」
「そう、だったんですね」
「それで、オレもアスベルトと一緒に訓練室に向かおうと思ってたんだけど、アスベルトに『一応、もしもの時に鍵が欲しい』って言われて、教員に貸して貰おうとしたら合鍵を持ってきて無くて……。オレが合鍵を取りに行って、アスベルトが先に訓練室に向かったんだよね」
訓練室にアスベルトが一人で現れた事で、その時はあまり深く考えていなかったが、カイルの話を聞きマリナを探す場面もゲームと全然違うとロゼッタは思った。
「それからはロゼッタ嬢の知ってる通りだと思う。廊下ですれ違ったのはオレが合鍵を持って行く時だったんだよね」
***
カイルの話を思い出していると、入った時は暖かったお湯がぬるくなっていた。
急いで湯船から上がるり急いで暖かいシャワーを浴び身体を少し暖める。
その後、ベットに横になるとまぶたがだんだんと重くなっていく。
そして頭がボーとしてくるとふと、アスベルトに抱きしめられた事を思いだし、明日のアスベルトの茶会のことが脳裏に浮かぶ。
先ほどまで睡眠に入っていた頭と目は完全に目覚めてしまった。
(あんな事されたのに、どんな顔して明日会えば良いの?)
それから、ロゼッタは寝付けずに朝を迎えた。




