第6話 両親
俺はゆっくりと家に帰る。
道を丁寧に指でなぞる様にして歩を進める。
すぅっと息を吸い込んで吐き出す。
この時期のこの時間。
影が最も踊り、執拗に俺を捉えようとするこの時間。
この道を1人で進む俺の足は重い。
まるで後ろから引っ張られているような感覚だ。
前に進むことがこれほどまでに辛いことだと、俺は思い知らされたのだ。
…この10年で。
俺という人格を作った10年を、俺は1度たりとも許しはしないだろう。
全ての始まりである原因を、俺は未だに忘れない……
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俺は、小さい頃は親に育てられていた。
今のような一人暮らしではなく、両親がいた。
優しくて面白くて、ある程度のことは自由にさせてくれる、そんな親だった。
子供だったからそう思うのも無理はなかったのかもしれない、しかしそう思わせてくれる教育をしていた親に俺は今でも感謝することしかできない。
転機は10年前、ある日の夜の事だった。
親が5時間近く帰ってこなくて俺は不安になっていた。
心細く、親に会いたいと思っていた。
それでも親の帰りを待っていた。
午後7時ぐらいだろうか、玄関の扉が開いた。
俺は親が帰ってきたと思い玄関まで急いだ。
しかし、入ってきたのは一人の男性、『水野正俊』だった。
「あれ?おとうさんは?」
俺は突然の訪問者に思わず困惑していた。
当時この人の事は顔を知っている程度で、話したことはなかった。
「君が、啓介くんでいいかな?」
大きな男が名前を聞いてくる。
俺はうん、と頷くと
「ならば言わなければならない。」
そう言って一息つくと正俊さんは言った。
衝撃の一言を。
「君のお父さんとお母さんは事故に合われた。今両親は病院にいる。」
正俊さんは俺にわかりやすいように言ってくれた。
しかし俺は理解できなかった。
いや、理解しようとしなかった。
両親が帰ってこないと理解したくなかった。
でも、現実は残酷で…
「君は、会いに行くべきだろう。ほら、車に乗って」
俺は促されるままに車に乗り込む。
嘘だと、信じないと、親は元気だと願って…
病院には20分ちょいで到着した。
しかし、到着した頃には親は死んでいた。
俺がいくら話しかけても、いくら病室で叫んでも何も反応がない。
触ってみると体は冷たく、それが亡くなっている何よりの証拠だった。
俺はその時、心の底から悲しんだ。
1度目の、唐突な悲劇が俺に襲いかかった出来事であった…
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その後俺は正俊さんに
「うちのマンションに来ないか?」
と言われ、アテもなかった俺はその提案を素直に受け入れた。
最初は華澄さんに助けられながら生活をしていた。
当時小学生の俺に一人暮らしなどできるはずもなかったため、手助けをしてもらっていたのだ。
そしてその数年後、俺が中学に上がった時に両親の事故の詳細を聞いた。
交通事故で間違いはなく、曰く母親は即死、父親も心肺停止の重体で、緊急搬送されたが助からなかったのだ、と。
ただ、俺を苦しめたのはその事実だけではなかった。
両親が帰ってこなかったあの日、2人はギャンブルをしていたという、また、帰り道に飲食店でかなり飲んだらしく、2人ともかなり泥酔していたようだ。
そして、飲酒運転をしているところに、車同士の衝突。
俺は自分の親がそんなことをするはずが無いと考えたが、事故の当時から少しだけ成長した頭で考えてみると思い当たる節がいくつかあったのだ。
俺は、両親と関わる時間が少なかった。
また、俺はあまり褒められなかった。
さらに、事故の日よりは早かったものの、帰りが遅いことは多々あった。
そんなことから妙に納得してしまった。
それが真相かどうかは分からない。
しかし、納得してしまった思考はそれ以上働くことを許さなかった。
ただ…俺は別に、親を許さない、などとは思わなかった。
むしろ、この状況になってみて、大事な存在は守るものだと認識したのだ。
だから俺は、自分の大事な存在を守り抜くと、そう決意をしたのだった…
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「…ふぅ」
ため息を吐く。
嫌なものを思い出してしまった。
あの時のことを思い出しても何も変わらない。
所詮俺は自分に酔っていただけなのかもしれない。
大事な存在を守り抜くなどと考えるきっかけになった事故。
実に忌々しい。
あの事故ではなく、過去の自分に苛立ちを覚える。
しかし、俺はあの事故をもうなんとも考えていない。
1人で生きる、これが全てだ。
この結論に間違いはない。
改めて自分に言い聞かせ、帰路を辿るのであった……