9.依頼と突入
「居るよ、入んな。」
こんな時間に誰だ?入ってきたのは十二、三才くらいの少年だった。
「おや、トマ!どうしたんだいこんな時間に?」
「メルシュ姉ちゃん助けてくれ!母ちゃんが、母ちゃんが捕まっちまったんだ!」
「そいつは大変だ。」
メルシュから話を聞くと、トマの母親はこのオベールの町で道具屋を営んでいるらしい。その道具屋は質の良い品を安く売る良心的な店であり、小さいながら繁盛しているのだとか。しかしそれをよく思わない者も居る。それが今回の犯人オールド商会だ。
オールド商会はここオベールの町一番の大商会だが、その実態は悪逆非道。小さな商店を脅しては販路を横取りし、取り込む。残るのはオールド商会のみという訳だ。
そして今回の被害者がトマの母親という訳だ。
「それにしても何でメルシュなんだ?町の兵士には言わないのか?」
「町の兵士はダメさ、全員買収されてんだ。だから母ちゃんの友達のメルシュ姉ちゃんしかいねえんだ。」
兵士もダメとは腐ってるな。
「分かったよトマ、あたしが行ってくる。」
「じゃあ俺も行こう。」
「あんたはダメだろ。アンを置いて行く気かい?」
「そうだな、すまない。俺は残るよ。」
俺やメルシュが居ない間もしものことがあったら…。そんなことも忘れて…いや、しかし…。
「クロ、行ってきて!」
後ろからそう声がした。振り向くと両手を握り、お願いをするような姿のアンが居る。
「私はちゃんと隠れているから、トマくんのお母さんを助けてあげて!」
「アン…。」
やれやれといった様子のメルシュ。
「ハァ~、この子は全く何を言ってるんだかねえ。分かったよ、ちょいと狭いかもしれないが地下に倉庫があるからそこに居な。鍵を外から掛けて出入りできないようにするからそれで急場しのぎだ。」
「ありがとうございます。メルシュさん。」
「礼を言われることじゃないよ。」
そう言いつつも許してくれたメルシュ。やっぱり彼女が協力者となってくれて良かった。
アンを倉庫へ隠した後、直ぐにオールド商会へ向かった。暗い夜道を建物から零れる明かりを頼りに進む。
「メルシュ、オールド商会の奴等はどうするんだ?」
「どうってあたしにゃこれしかないだろ。」
そう言って彼女は右拳をあげる。そうだよなメルシュにはそれしか無いよな。
オールド商会、その施設は町の中心部にあり、百メートル四方の三階建ての大きな建物で余程の欲と業の重なった物だと分かる。
建物の周りには警備兵も居るな。どこから侵入するか。
考えている間にメルシュは正面の入口へと歩み寄っていた。何をする気だ!?
直ぐ様警備兵二人に止められ詰問を受けている。
「あたしゃオールドの野郎に用があって来たんだ。通してくれ!」
「ダメだ!ここは通さん!」
「じゃあ、あんたはここで寝てるんだね!」
次の瞬間、警備兵の一人が吹っ飛んだ。十メートルは飛んだであろうか、その体は軋むような悲鳴を上げながら宙を舞った。
もう一人の警備兵は顔を真っ青にし、後退りを始めるがそれも遅い。瞬きをする間には宙を舞っていた。
猛腕、それがメルシュの二つ名だ。その猛々しい程の豪腕は全てを打ち砕く、そう言われている。用はただの馬鹿力だ。以前俺はそれを揶揄し、死にかけた。だから彼女は絶対に怒らせてはいけない。
俺は警備兵の一人を叩き起こし、トマの母親のことについて尋ねた。どうやら三階の会長室という部屋に連れ込まれた様だ。
建物の中に入るとそこは食料品のブースらしく野菜やら果物やらが陳列されていた。中にも警備兵が居たようでこちらに気付くと向かってくる。だが何のことはない。メルシュがその拳を一振りすれば直ぐに黙ってしまうのだから。
三階、三階。メルシュのお陰で真正面から最短ルートで目的の階まで到達する。
会長室は分かりやすい場所にあった。そしてその部屋の前には一際強そうな警備兵が立っている。
「何だ?こんな綺麗な姉ちゃんとガキに下の奴等はやられたのか?情けねえな。」
「そこが会長室か?」
「そうさ、入りたきゃ俺を倒すことだな!」