82.親子と平凡
アンの体を受け止めようとしたが、体の痛みから背中へと崩れ落ちる。体が重なるように倒れた俺達は顔を合わせると自然に笑顔になれた。
それにしても良く生きて帰って来れたと自分でも思う。あの時俺はゼロと城の外へ飛び出した後、奴の体、爆弾のある左半身を強く殴り飛ばした。そして爆発が起こるとそれに煽られ結構な勢いで地上に落ちていったのだが、運が良いことに、街に植えてある樹木がクッションになり、命は助かったのである。いや、帰って来れて良かった。
俺達はそのまま勝利の余韻に浸っていたのだが、このままではいけない。騒動があったとはいえ、今日はアースノー王の誕生祭。王から「後で話がある。」と告げられた後、場を乱した俺達はその場から一旦退場することとなった。
兵士に連れられて応接室の一つへ案内される。皆椅子に座ると一様に深く息をついた。
良かった、全てが上手く行って。失敗すれば国賊になり、協力してくれたカナタ達も取り返しのつかないこととなっていたからな。
追われる生活もこれで終わる。これからは…いや、これから何をしよう。俺は莫大な報酬を目当てに最後の暗殺に臨んでいたんだ。しかし、その報酬はゼロ。やっぱりまた暗殺稼業を続けないといけないのかな…。
しばらく応接室で待っていると誕生祭を終えた王が自ら部屋へとやって来た。
王は来て早々に頭を下げる。今回の件、誤解があったという謝罪と、自身を救ってくれたという礼について。
その行動に誠意を感じ、俺達はその意を受け取った。
それから王を交え、今後どうなるのかという話をした。
まずは俺の処遇。一時は暗殺目的でアンに近付いたが、彼女を救ったことも事実。そこで無罪放免とすると。まあ、王族に一時とは言え、刃を向けたんだ褒美なんて貰えないか。
それから国中にばら撒かれた手配書は全て回収し、黒幕がグレス公爵であったことも触れて回ってくれるらしい。これで漸く俺も普通に生活ができそうだ。
それからアンのことだが、
「アンジェリカは暫く城の後宮に居て貰う。今回の件を考え、またわしらを狙う者が潜んでおるやもしれん。その調査を内々に進め、全てが片付くまでは大人しくして欲しい。」
後宮、王の妃か妾しか入れないような隔離された場所だったか?そんな所に居たら、また妃から嫌がらせを受けてしまうじゃないか。それを調査が済むまでって…。
「お父様、私城を出ます。」
「何を言うか!ならん、それはならんぞ!」
王は声を荒げる。だがアンは、王の前に立ち、
「城を出て、王族であることを捨てて、私は自由に生きたい。私は確かにお父様の子です。ですが、私の家はここじゃない!」
と言い捨てた。その場に居る誰もが動きを止める。さっきまで怒りを露わにしていた王でさえ。
アンはこちらを向いて手を伸ばす。
「クロ、お願い、私をここから連れ出して。」
その言葉に俺は
「任せろ!」
と返し、彼女の手を握った。
戸惑う兵士、茶化す仲間に、何かを叫ぶ王。そんなもの、走る俺達二人には一瞬しか映らなかった。
城の廊下を走り抜け、外へと出る。そこに兵士もまた居たが何が起きているのか知りもしない彼らは声をかけてくるが、ただそれだけ。俺達を止める者なんて誰も居ない。
月明かりが照らす夜道を息を切らして走った。ただ遠くへ、遠くへと。
ハハッ。なんだかあの日と似てるな。あの日もこんな風に二人で走って、当てもなく逃げて。
暫く走った所で立ち止まる。息が苦しい、だけど楽しい?いや、嬉しい?
隣で同じように激しく呼吸をするアン。目と目が合うと顔が緩む。
「どうしよっかこれから。」
「取り敢えずミルドに行こう。あそこなら俺達を守ってくれる筈だ。」
「うん。」
ミルドならきっと俺達を受け入れてくれるだろう。二人頷き合い、歩みを進めた。そうして俺達はまた逃げる生活に戻ったのである。
城を出てから十日が過ぎ、俺達はミルドで身を隠していた。アースノーから近いミルドだが、追っ手が来る様子も、手配書が回っている様子も無い。何故だろう。だが、俺達にとっては都合が良い。
俺達の拠点はアンの実家。ボロボロだが温かい良い家だ。
町の人達も俺達の事情を知り、守るように動いてくれている。これならば暫くは大丈夫だろう。そう思ったのだが、
「アンジェリカ、やはりここに居たか。」
家で寛いで居たところ、突然フードを被った男が一人現れた。俺は直ぐ様アンを守る体勢を取る。
しかしこの声聞き覚えが…。
「お父様、何をしに来たんですか。」
後に控えるアンが言う。お父様!と言うことは…。
男はフードを取り、顔を見せる。その顔は正しくアースノー王、その人であった。
「アンジェリカ、そなたともう一度話がしたいと思うてな。」
無理矢理連れ戻すという訳では無く、話をしに、それも王が護衛を付けずに一人で来たのだ、断る理由も無かった。
アースノー王の話はアンに戻って来いというものでは無く、アンを知ろうと、また自分がアンに対して思っていることを伝えるいうものだった。
そこにやり直そうという気持ちを感じる。家族としてやり直そういう意志を。
王は話の最後にある提案をしてきた。俺達は顔を合わせるとそれを快く承諾し、王との話は終わった。
それから一年が経ち、ミルドの町で暮らしている俺とアン。俺は念願の真っ当な仕事に就くことができ、日々汗を流している。今日も、
「はい、お弁当。今日も頑張ってきてね、ジン。」
「うん、行ってくる。」
とアンが送り出してくれた。慣れない仕事は大変だが、殺しをしていた時には無いやりがいがある。早く一人前にならないとな。
それからミルドへたまに遊びに来てくれる人もいる。メルシュやカナタ達だ。互いの近況を話し合ったり、旅のことを懐かしんだりといつまでも交流が続いていくことだろう。
会いに来るのはそれだけじゃ無い。アースノー王もお忍びでやって来る。いつも護衛も付けずに一人でやって来るのは心配だが、アンの様子を見に来る姿に父親というのを感じた。
「ただいま。」
「おかえり、ジン。」
だが、何を置いてもこの平凡なやり取りが何より幸せだ。




