81.ただいまとおかえり
「メルシュ、大丈夫?」
「ああ、血は出てるけど問題ないよ。全くあのバカ、手加減ってものを知らないよ。」
メルシュは肩に刺さる矢を抜きながらそう言う。あのバカとは矢を撃った犯人、ラピスのことである。実はそのラピスと前日接触があったのだ。
誕生祭の前日、私達は拠点で体を休めていた。そんな時、誰か、人の気配を感じた。私達以外誰も来ない筈の場所に。
その人物は隠れるわけでもなく、すっと姿を現した。その人物こそラピスである。
ラピスは拠点を出て調査をしていた私達を見付け、尾行していたらしい。こちらも詰めが甘かったみたいだ。
でもなんでわざわざ姿まで見せたのか、それは取引をしたいが為であった。
今のグレス公爵の陣営では私達に勝てないと踏み、それでは私達に力を貸して、グレス公爵が捕まったら自身だけは見逃すように働きかけてもらおうというものだった。成る程、打算的だ。
手伝って貰うと言っても何をするのか?それはラピスが既に考えていた。彼は私達が何をしようとしているのか大体掴んでおり、それを踏まえて、
「おめえ達がパーティーホールに現れたら、オイラはアンジェリカ姫を狙って矢を撃とう。」
と提案してきた。何でそんなことをするのか?グレス公爵を糾弾するのに悪事の証拠として使えるだろうとのことだった。
こちらとしてもあの手紙だけだと少し弱いと感じていた。糾弾するときに明確な敵意を持った攻撃が見られればかなり強い証拠になり得る。だけど…。
皆は私を見て困った顔をする。確かに喉から手が出るほど欲しいものだけど、私を狙うということは最悪私が命を落とす危険を孕んでいるということだ。そんなものだから、皆直ぐには首を縦に振れないのだ。
「私はラピスさんにお願いしたい。」
「…ったく、この子は。分かったよ、あたしがアンを矢から守る。それでいいだろ、皆!」
メルシュが私の肩を持ってそう言う。他の皆も二人がそう言うならと頷いた。
守ってくれるとは言ってくれたけど、実際にその様を見ると心がキュッとなる。あれが私に当たっていたら…。体を張ってくれたメルシュには感謝しかない。
グレス公爵は兵士達に連れて行かれ、騒ぎも少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。
そうだ、他の皆は、クロ達は大丈夫だろうか?
「おっ、もう終わってるみたいだよ、グンジ。」
「そうみたいだな。」
カナタとグンジ、良かった二人とも無事みたいだ。二人ともゆっくりこちらへ近付き、合流する。
「私達もアンのカッコいいとこ見たかったな、ねえグンジ。」
「そうだな、俺達ももう少し早ければ良かったんだがな。」
「本当、勿体ないことしたねえ。さっきのはスカッとしたよ。」
皆私達の勝利を笑って祝う。だけど…。
「ねえ、クロは?クロは何処なの?」
カナタとグンジは顔を見合わせて戸惑う。姿を見てない、先に来たんじゃないのかと。
クロ、一体何処に…。まさか…。心が締め付けられる。こんな時に悪い方に悪い方にと考えてしまう。ダメ、クロはきっと、きっと大丈夫なんだから。なのに目には涙が浮かんでくる。どうして…。
そんな時、パーティーホールの入り口の方がざわざわとし始めた。
こんな時に一体何なの?騒ぎのする方を見ると人々が道を空けるように左右に分かれていっていた。その先からは人が二人、一人はもう一人に肩を担がれながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「もう、終わった後でしたか。でも、今日の主役の一人はちゃんと連れてきましたよ。」
「ありがとうなネル。後は一人で大丈夫だ。」
ネルと呼ばれた兵士から離れ、もう一人が一歩、また一歩とよろよろしながら近付いてくる。その姿はボロボロで服なんか上半分が焼け焦げてて、もうどうしていつもこんなになっちゃうのって思うくらい。でも帰ってきてくれて良かった。
「ただいま、アン。」
「おかえり、クロ!」
私は彼に飛びついた。




