2.変装と休息
何処かに身を隠すと決めたものの今の格好ではいけない。俺は黒装束、彼女は寝間着の状態なのだから。
この先の町ならまだ何も知れ渡ってはいない筈。そこで手短に用意するのが一番だな。寝ぼけ眼を擦るアンを無理にでも引っ張り歩みを進めた。
時刻は誰もが仕事を始め出す頃、俺達はアースノーから西へ進んだ先にあるトポルという町へ着いた。しかし中に入るには検問が必要だ。この姿の俺達は少し異様に見えるだろう。だから、町の下を流れる水道から潜入を試みた。
薄暗い水道には鼠や蜘蛛が蔓延り、アンは出くわす度に悲鳴を上げる。その声に耳がキンキンと痛くなりながらも、なんとか町の内部に入り込むことができた。
活気があり、通りには人も多い。その中を歩く俺達は人目を引いた。だが、構いやしない。もう少しのことだ。
通りにある一軒の服屋に着いた。カジュアルな服の並ぶ丁度良い店だ。俺の手持ちでも二人分の服はなんとか足りるだろう。
俺は茶と赤を基調としたあまり目立たない服をアンは緑を基調とした服を選んだ。それに追加をしてフード付きのマントを買うことにした。さっきまで着ていた服は下取りをしてもらい、お金を払うこと無く、物物交換といった具合で服を手に入れることができた。これもアンが着ていた服が高価だったお陰だろう。もしかしたらこちらの方が高かったかもしれないが、今は気にする暇も無い。
服を手に入れると次は食料や生活道具を揃えた。革製の水袋、薬草、干し肉。最低限必要な物はこの位だろう。多すぎても困るだけだ。
くうぅ~。突然気の抜ける様な音が聞こえた。隣を向くとアンが顔を赤くしている。そう言えば昨日の晩から何も食べていない、腹が空くのは仕方が無い。
それにしても随分大人しいお姫様だな。やんごとなきお方達は普段こんなに走り回ることはしないだろうし、お腹が空く前に料理がやって来る。それを思えば文句を垂れてくるとも思ったが、弱音一つ無い。今はその方が良いと言えば良いんだが、なんかしっくりこない。考えすぎか。
通りにある露店で、サンドイッチを二つ買い、町を流れる水路の側に腰を下ろした。
アンにサンドイッチを一つ渡し、二人並んで食事を取る。俺が十七、アンも同じか少し下くらいだろうから、兄妹にも見えるかもな。
バタッ。俺の左肩に凭れるように彼女は倒れ込んできた。「おい。」と声を掛けたが反応が無い。こいつ寝てやがる。
胃に物が入って安心したせいだろう。まあ少しだけだ。
確かに少し眠気が出て来た。寝床のことも考えないとな。
「この辺りで王女らしき人を見なかったか。」
確かにそう聞こえた。しかし聞こえる声は小さい、ちょっと距離があるな。
「おい、起きろアン。追っ手が来た。」
彼女の肩を揺すり、起こす。そしてフードを深く被らせた。
追っ手がもう来るとは、思ってたよりも早いな。早いとこ身を隠そう。
彼女を引いて侵入してきた水道へと移動する。さっきまでアンは上等な寝間着姿だったことを考えると、怪しいと思った町の人達がもう告げていることだろう。戻るのは無理だ。
このまま水道に居たらアンがまた悲鳴を上げるだろうが、少しは我慢させよう。
「アン、これから交替で仮眠を取る。半刻毎の交替だ。お前さっき寝てたから俺から寝させてくれ。」
「分かりました。」
その答えを聞いて俺は目を閉じた。余程疲れてたんだろう、目を閉じてからは意識が飛んだ。
眠りも浅くなった頃、頭を触る手の感触が伝わった。アンか、何をしてるんだ?
「本当に綺麗な寝顔をしてるな。私を殺そうとした人とは思えないや。」
寝顔をまじまじと見られているのか。少し恥ずかしいな。
「やっぱり私は生まれてきちゃいけなかったのかな。」
そう悲しげに呟くアン。
今のはどういう意味だ?アンはアースノーのお姫様。誰もが羨む様な地位の人間だ。それが何故こんなことを…。忌み子だとでも言うのか?気になるが今は聞かない方が良いだろうな。
さて、そろそろ交替か。ゆっくりと目を開き、アンに声を掛けた。
直ぐに眠りにつく彼女の横で道具の手入れを始める。血の付いたままのナイフは錆びてしまうと布で擦った。
暫くするとアンの寝息が聞こえてきた。その寝顔は可愛らしく。そう意識すると不意に照れが出てくる。今までこんな子が側に居なかったからだろう、顔を振るって雑念を飛ばした。
そんなときコツコツと足音の様なものが聞こえた。誰かが来たみたいだ。この音からして恐らく一人。アンを起こすまでも無いな。対処しよう。