12.特訓と出発
メルシュの家の中、物を少し片付けてアンと向かい合う。俺はメルシュから借りた料理用の麺棒を持って。
「それじゃあ今から攻撃を躱す訓練をしよう。俺がこの棒を適当に振るから自分なりに避けてみてくれ。」
「うん、分かった。」
戦いにおいて負けは死を意味する。生きるためには、勝つために戦うのではなく、負けないように戦う術が必要だ。そこでまず回避の術を教えることにした。
初めは子供でも躱せる位の速さで棒を振った。アンも難なく躱していく。ある程度体が温まった所で速度を上げる。少しずつ、アンがギリギリ躱せる速度を見極めながら。
「痛っ!」
丁度アンが疲れを見せ始めた頃、彼女の額に麺棒がクリーンヒットしてしまった。力は入れていなかったからタンコブにはならないだろう。
「あんたねえ、乙女の顔にぶつけることは無いだろ。」
メルシュに怒られてしまった。そこまで酷くは無いだろうに。
一応アンには「大丈夫か?」とは声を掛けておいた。これ以上怒らせない様に。
「大丈夫だよ。体を動かすのは楽しいね。」
「そうか、じゃあ一つコツを教えよう。相手の動きをよく見て次にどんな攻撃が来るのか予想するんだ。そうすれば今より速く動けるようになる。」
「動きを予想か、やってみるよ。」
動きを予想する。相手の動きを読めるようになれば、攻撃を受けないし、こちらが誘い込んで反撃を食らわすこともできる。これができるようになれば彼女は戦力になるだろう。
しかし、それはまだ先のようだ。
「痛っ!」
あまり疲れを残さない程度に続け、休んだ。
翌日、ここ最近では一番目覚めが良かった。やはり落ち着いて寝られたのが理由だろう。体調は万全である。
今日このオベールを発つ訳だが、目指す先は…。
「やっぱりキングストだね。距離的にバルバレルより近いし。」
キングストとなればカナタの住む町だ。グンジの住むバルバレルより、二日早く着くのだから当然か。
カナタには会いたいのだが、キングストという町は少し苦手なんだよな。少し気乗りしないが、仕方ない。
食料に薬に、必要なものは全てメルシュに用意してもらった。まだこの町では大丈夫だろうが念のためだ。
昼食まで済ませ、オベールの町を出発した。
キングストまでの道のりは山越えになる。越える山はそれ程高くは無いが、木々が鬱蒼としており、盗賊まで出るという。用心をするに越したことは無い。
夕方にはその山の麓に達したが、入山は明日に回した方が良いだろう。今日の足取りはそこまでだ。
「メルシュここいらの盗賊はどうなんだ?」
「どうって、強いとかそういうのかい?手を合わせたことは無いから分からないけど、かなりの被害が出てると噂には聞くよ。」
「なんだか怖いね。」
少し引き攣った表情のアン。怖がらせてしまったと少し話を変えてみるが、その芯は心配したままだ。
あまり臆病になるのも、いざというときに動けなくなる。何か一つ問題が無いと言えるものがあれば良いのだが。
「助けてくれ~!」
突然聞こえたその声の先には怪我を負った男が見える。満身創痍で山から降りてきた様だ。
男はこちらを見つけたと言わんばかりに駆け寄ってきた。どうやら面倒ごとに巻き込まれてしまった様だな。