1.逃走と協力
空には星が綺麗に輝く深い夜。その静寂の中、誰もが夢の中にあった、そう一人を除いては。
光も差し込まぬ暗がりの中、俺は静かに足を動かした。
潜入成功。ここはアースノー王国の王城、それも最上階。何故こんな所に居るのか?それは仕事の為だ。
俺ことジン=ブラックは暗殺家業をしている。暗殺家業何て仕事本当はしたくない。でも、汚れ仕事だと分かっていても、生きていくにはこれしか無かったのだ。でもそれも今日で終わる。なんせ今日の仕事で残りの人生遊んで暮らせる程の大金が手に入るのだから。だから、人殺しはこれっきり、これっきりだ。
屋根裏から目的の部屋へと埃まみれになりながら、音を立てないように慎重に足を動かす。今日のターゲットはこの国の王女アンジェリカ=アースノー。何で狙われてるのか知らない。でも、狙われているということはきっと悪い奴だ。
今まで手にかけてきた奴らはいずれも悪人であり、殺されても仕方の無い者しか居なかった。だから今回も何かしら悪事を働いているに違いない。
王女の居室にたどり着いた所で足を止める。屋根裏からこっそりと覗き込む。姿は見えない。ベッドは屋根付きであり、王女が寝ている姿も見て取れないのだ。仕方無いと屋根裏から部屋へと降り立った。そのままゆっくりとベッドの方へと歩み寄る。
「誰!?」
全く予想もしていなかった方から声が聞こえた。窓の方だ。そこには椅子に座り、夜風に当たっていたであろう王女の姿があった。その姿は綺麗な夜空と相俟って絵画の様な幻想さを出している。
いけない、惚けるな!そう思い返すと胸の鼓動が早まったのが分かる。マズイ、マズイ、マズイ。ターゲットに見つかるだなんて。急いで腰にあるナイフを抜いた。
「きゃあー、誰か!誰か来て!」
その甲高い声に胸の鼓動が更に加速する。早く、早く仕留めないと。そう思った矢先、部屋の入口から衛兵が入り込んできた。
クソッ!こんなに早くやって来るなんて。こうなったら逃げるしか…。
衛兵の位置から逃げ道を考えている最中、衛兵と目が合った。暗い部屋の中で視認されたのだ。されたのだが、衛兵は俺を余所に王女の方へと向かって行った。そうか、護衛のためか。これは逃げるのに丁度良い。俺が部屋の出口へと向かおうとしたその時。
「きゃあー!」
また王女の叫び声が上がる。思わず振り返ると王女に剣を突き付ける衛兵の姿があった。
何で?訳が分からない。何故守るはずの存在が、襲っているのだ。
その時不意に王女と目が合った。そして声にはなっていなかったが確かに「助けて」と口を動かしていた。
殺し屋の俺に何故?そうは思ったが、何故か体が動いた。彼女を助けようと。
衛兵が剣を振り下ろそうとするその最中、俺はその剣を持つ右腕にナイフを入れる。
支えきれず剣を手放し喘ぐ衛兵。それを更に後ろから蹴り飛ばす。呆然とする彼女の手を握り、強引に引っ張り起こすと、その場から走り出した。兎に角遠くへ、遠くへ、捕まらない様にと。
暫く走った所で、彼女の足が縺れ、倒れ込んだ。そこで足を止め、息を整える。
「何であんたさっき衛兵に殺されかけてたんだ?」
「知らない、私何も知らない。」
彼女は怯えながら首を小さく振った。その様子から本当に何も知らないのだと分かる。
しかし何で…。殺し屋の俺を雇ったのに、衛兵が彼女を殺そうとした。これは城の中の誰かが彼女を亡き者にしたいと思っているからだろう。そして、俺を盗賊か何かに仕立て上げ、内部の犯行とは思わせないようにした。これなら辻褄が合う気がする。
だとすると、彼女を殺したところで意味は無い。報告に行った所で、殺されるのが落ちだ。もしかしたらもうお尋ね者にでもなってるかもしれない。くぅ~、どうしたら良いんだ。
「これからどうなるんですか?」
不安そうに覗き込んでくる彼女にかける言葉が見付からない。
どうなるか、本当に分からない。だがこのままここに居てはいけない筈だ。もっと遠くへ逃げないと。
また彼女の手を取り走り出した。まだ星が輝く夜道を。
辺りが白んで来だした時には全身に疲労が回り、足も重くなっていた。
「少し休憩しよう。」
その場に腰を下ろし辺りを見回す。俺達は家一つ無い草原の中に居た。王都がもう見えなくなる程遠くまで来てたんだな。
休憩の間、俺は彼女と話をした。自分達がどういう状況にあるのか、どう行動するべきか。
まずは状況から、俺達は二人とも追われ、命を狙われる状況にあるということ。彼女は兎も角、俺も今は王女誘拐の犯人とされている筈、人ごとでは無い。そして、それらを解決するには王女が無事であり、然るべき場所で今回の黒幕を曝く証言をしてもらうことが必要だ。
取り敢えず今は逃げる他無い訳だが、遅からず手配書が出回るだろう。だとしたらこのままではダメだ。何か変装でもするか、隠れて生活する環境を整えないと。
「手始めに名前を変えるとしよう。今のままだと咄嗟の時、バレてしまうかもしれないしな。」
「名前、ですか?」
「そうだ。アンタが俺の名前を付けてくれよ。代わりに俺がアンタの名前を付けるからさ。」
彼女は少し悩む素振りをして、こう言った。
「クロ。黒尽くめだから。安直過ぎですかね。」
彼女の微笑む様に自然と心が緩む。
「いや、いいさ。クロ、言い名だ。」
ファミリーネームと合わせると黒、黒になるからそこはなんとかしたいけどな。
「じゃあ、アンタの名前はアン。アンジェリカから取ってアンだ。こちらも安直だから相子だな。」
「アン。アンか~。」
「嫌か?」
「ううん、とっても素敵です。」
照れた様に笑う彼女に「そうか。」と相槌を打った。
「それじゃ今から運命共同体だ。俺がアンを守るから、アンは俺を守ってくれ。」
「分かりました。」