7話 襲撃
タイジュとエルは、次の日から毎日バートン商会に通った。タイジュにバートン商会の仕事を見せるため、という名目で毎日同じ時間に行き、同じ時間に帰る。
敵を誘うためとはいえ露骨過ぎるのでは、とエルは心配していたが、敵は単純な思考回路だったようだ。バートン商会を初めて訪れた日から5日後にそれは起こった。
「例の下級貴族の三男には、今日も会えませんでしたね」
「仕方ないさ。商いで隣国タレースに行っていると言うんだから」
「本当に商売が目的なのでしょうか?」
「ははっ、どうだろうな。それにしても毎日行くのはメンドクセーな。早く引っ掛かってくれないかな。エサが悪いのか?」
帰りの馬車の中で、タイジュは真剣に悩んでいる。
「マスター、釣りじゃないんですから!」
エルがあきれた声を出す。
この森を抜けたら、バートンの屋敷である。今日も何も無かったかと落胆しかけたその時、突然、馬が止まった。
馬車の前に、武装した男が数人現れる。
「おい、降りろ!金を出せ!」
リーダー格の男が怒鳴る。
「こりゃ、また。見事なテンプレ。強盗の見本だな。金品狙いの強盗に見せかけて殺すつもりか?ひねりが無いなぁ」
強盗に襲われているというのに危機感のないタイジュの発言に、男が一瞬、不思議そうな顔をするが、すぐに大声を出す。
「金を出さないと殺すぞ!早くしろ!」
男はさらに凄むが、タイジュは取り合わない。
「金を出したって殺すくせに、なに言ってんだ」と、挑発するように返す。
「このガキ!まずはお前から殺すぞ!護衛も付けずに、こんな寂れた森に来るからだ!殺されても仕方ないよなぁ!」
「護衛がいないのはわざとだし、寂れた森で悪かったな。ここが気に入って屋敷を建てたんだよ」
男の言葉にいちいち返事をするタイジュに、エルはひとつだけ確認する。
「マスター、殺していいですか?」
(───殺す?選択肢はいろいろあると思うが、殺すって…。ああ、ここは異世界だったな)
『そうよ。この世界は平和ではないわ。暴力には暴力で対抗するのが普通なの。あなたも早く慣れないと!』
セシルの忠告に、頭が痛くなる。
(そう言われても、こっちは平和な日本育ちだっての!)
「ふぅ、目の前の強盗は5人。たしかにエルなら簡単だろうけど、今回は無しだ。忘却の術は使えるようになったか?」
「はい。ソラ様のようには扱えませんが、数時間の記憶を消すことなら可能です」
「じゃ、それでいこう。オレは平和な日本育ちだからな。お前ら良かったな。相手がオレで。ドゥグルなら問答無用で殺されてたぞ」
タイジュの言葉が終わる前に、エルは馬車からヒラリと降りた。
エルの姿が一瞬にして変化する。豪華なドレス姿のベイル家のお嬢様から、黒のシンプルなドレス姿になる。きちんと整えられた髪は下ろされ、長い黒髪が風に吹かれている。そして、手には大きな鎌が。その姿は、まるで死神だ。
「少しだけ相手をしてあげます。最初は誰ですか?激しく抵抗すると、殺してしまうかもしれません。気をつけてくださいね」
姿が変化したエルに男たちは驚くが、やるべき事を思い出したようだ。エルを取り囲んで、全員が剣を構える。
(たしかこの世界には、まだ銃は流通していなかったな?)
『中央大陸にある帝国が発明しているようだけど、まだ実用化していないわ。この大陸の国々では剣と弓矢ね。森の中に射手がいるかもしれないわ。気をつけなさい』
(わかったよ)
タイジュはセシルの警告どおり、付近の茂みに気を配る。その間もエルは男たちと闘っていた。
「これで終わりですか?」
「はあ、はあ…。おっ、お前、何者だ!俺らの剣をことごとく弾きやがって!しかも一撃一撃が、なんて重いんだ」
エルは打ち込んでくる男たちの剣を、鎌で器用に弾き返していた。男たちは苦しそうにわめくが、エルに変化はない。
「貴方たちは、まだまだですね。我流ですか?やみくもに剣を振るってもダメですよ」
エルは常にセシルの師だった。転生を繰り返す度に、エルが身を守る方法を教えてくれていた。
(戦闘能力が高かったドゥグルでさえ、エルには勝てなかったからな。エルに匹敵するヤツなんて、そうはいない。こいつらなら、秒殺だろ?)
『油断は禁物よ。───まぁ、その通りだけどね。ほら、もう終わるわよ』
目の前では、エルが鎌の持ち手で最後の男の腹部を強く突いていた。剣を弾き飛ばされ、身を守る術のない男はまともに食らう。そして、そのまま失神した。
「はい、ご苦労さん。じゃ、一人起こして尋問するとしようか」
タイジュがエルと男たちに近付いた時だった。少し離れた茂みから、エルに向かって矢が放たれたのだ。
エルは男を抱き起こそうとして、武器を置いている。しかし、矢は寸前で叩き落とされた。タイジュが剣を拾いあげて、矢をなぎ払ったのだ。それを見たエルは、矢が放たれた方向に短剣を投げた。
「すみません。殺してしまったもしれません」
タイジュが茂みに近寄ると、男がひとり倒れていた。短剣が胸に突き刺さり、すでに絶命している。
(死んだか。───ん?首に変なキズがあるな。まさか…。あいつらか?)
「マスター。大丈夫ですか?」
タイジュは少し思案するが、エルの言葉にすぐに返事をする。
「あぁ、問題ない。もう死んでるよ」
「他には気配はありません。その男が最後だと思います」
エルの言う通り、森の中に変な気配はない。
「それにしても、マスターは剣が使えるのですね」
「剣道だよ。オレの育ての親が教えてくれたんだ。良い親だったよ…」
「そうですか。感謝しなくてはいけないですね。この世界で生き残るためには、武力が必要ですから」
「オレがいた日本は平和な国だ。それでも殺人や強盗はある。オレの親は、『いざという時、武力があった方が選択肢が広がる』という理由で、オレに剣を教えてくれていた。もちろん、心身の鍛練って意味もあったが…」
「理想だけでは、生き残ることはできません。目の前の暴力に対抗するには、武力が必要な時もあります。身を守るためにも」
「ああ、そうだな」
タイジュはもう会えない家族を思い出し、少し寂しく思ったのだった。