6話 考察
馬車に乗り込むと、すぐにエルは疑問を口にした。
「それにしても、なぜこんな大芝居を?ベイル家の次期当主だと顔を売ることに何か意味があるのですか?」
バートン商会でのタイジュの振る舞いは、いつものマスターらしくないと、エルは思っていた。
「ベイル家とバートン商会はオレにとって重要な場所だ。それを守るためにはオレがベイル家を継ぐのが一番なんだよ。そして、入り込んだ虫をあぶり出すのにも、今回のことは有効だからな。メンドクセーけど、そのための仕掛けだよ」
「そうですか。怠惰なマスターにしては珍しく自分で行動しているのは、そういう訳なのですね」
セシルがこれまでに転生した人物は様々だ。ヒト種や獣人種、妖精種。そして、女性だったこともある。小さな頃に死ぬこともあったし、それこそ戦争に巻き込まれて悲惨な死を迎えたこともあった。
すべての人物を知っているエルは、共通点があることに気付いていた。それは、どの人物も怠惰だということ。『面倒くさい』『やりたくない』『ゴロゴロしたい』など、歴代のセシルはそう言って、自分ではあまり動かず、他人を動かすことが多かった。だから今回のマスターであるタイジュの行動が、不思議だったのだ。
納得したような、してないような表情のエルの気をそらすために、タイジュは話題を変える。
「それより、エルは上手くお嬢様をやってるようだな。感心したよ。使用人の名前まで覚えているとは!」
「人の心を掴むことが重要だとバートン様に教えていただきましたからね」
「さすがバートン!代々の店主も、バートンの教えを守っているようだったな。使用人たちの雰囲気も良かった。だから、バートン商会は結束が固い。裏切るようなヤツはいないはず」
「マスター…。『さすがバートン』って…。バートン様はマスター自身ですよ?───今回のマスターは一癖あるようですね。異世界で育ったからでしょうか…」
真剣に考え込むエルに、「深く考えるなよ」と声をかけたタイジュは今日の感想を話す。
「実際見ても、入り込んだ虫の正体は分からなかった。まぁ、そうだと思ってたけど」
「虫を確かめに行ったのではないのですか?」
「今までエルが集めた情報から分かったのは、バートン商会のカネが隣国タレースの貴族に流れているということだけだ。情報を得るためや商談を有利に運ぶために、貴族に贈り物をすることはある。だが、そのカネが特定の貴族に流れている。このことは、店主も分かっているはずだ」
5年前から様々な名目で、その貴族に金が流れていた。
「そうですね。売り上げが増えたのは貴族との繋がりが大きいですが、特定の貴族との絆は商売にとって不利となる場合もあります。店主が今まで放置していたのは、商会の利益になっているからです。まぁ、あの店主のことですから、何か手を打っていると思いますが…」
「隣国の貴族に取り入ってると見られたら、この国での商売がやりにくくなる。隣国は武力に片寄った大国だしな」
「まさか虫の正体は隣国のスパイですか?直接ではなく、店の誰かを操っていると?」
「その可能性もあるな。バートン商会の使用人の結束は固い。待遇もいいから、カネで裏切るヤツはいない」
「バートン商会では、家族全員を雇用するという特殊なやり方をしていますからね。バートン商会にいれば、衣食住に困ることはありません。待遇を不満に思っている使用人はいないと思います」
「衣食住は充たされている。となると、やっぱり色欲。女もしくは男か…」
バートン商会の使用人の男女比率は半々だ。バートンは、男女の区別をせず、本人がやりたいという仕事をやらせていた。幾度の転生によって、男だから女だから、なんていう偏見は意味がないことを知っていたからだ。結局は適材適所。個人の意欲や能力にあった仕事をすることが、一番成果が出ると知っていたのだ。
「今日聞いた話では、使用人の何人かに、秘密の恋人がいるようです」
「あぁ。事情があって、付き合ってることは秘密にしているけど、使用人の方がかなり惚れてるって話だったな。それが何人もいるなんて、偶然じゃないはず」
「えぇ。わたくしはバートン商会の者ではないので、使用人たちに様々な相談をされます」
口が堅くて的確な指摘をしてくれるエルは、使用人たちには人気の相談相手だった。エル本人には、全く自覚がないが…。
(エルはヒト種の感情には疎いようだな…)
『エルは精霊種よ。ヒト種のことは理解出来ないわ。でも何度も転生した私とずっと一緒にいるから、他の精霊種よりはヒト種のことがわかってる。だから上手くアドバイスができるのかも』
(遠くから見た方が的確な指摘ができるからな)
そんなエルのおかげで使用人たちの恋愛事情がわかったのだ。
「恋愛感情は厄介なものだ。恋人のためなら、少し変だと思うこともしてしまう。隣国タレースの貴族にカネが流れていると知らずにやっているのかもしれないが…」
「今日ここに来たのはそれを確かめるためですか?」
「エルの報告書には、使用人の恋愛相談のことは、書いてなかったからな」
セシルと従者のエルには、重要な約束があった。転生を繰り返すセシルは、どうしても生まれてすぐは何も出来ないという欠点がある。それを補うために、エルは見たもの聞いたものを報告書という形で書き残していた。毎日書く日記のような報告書は、膨大な量になる。タイジュがこの世界に戻ってきて真っ先にしたのは、その報告書を読むという作業だったのだ。
「すみません。そんなに重要なことだとは思わず、報告書には書きませんでした…」
自分のミスだと感じているエルは、シュンとしている。
(エルは、恋愛関係は不得意のようだな)
『仕方ないわよ。エルは200歳を越えたところよ。まだ子供なんだから!』
(200歳で子供って…。やっぱりここは異世界なんだな…)
地球で育ったタイジュには、少し理解できない感覚である。
「今日の一番の目的は、実際に店に来ることなんだよ。バートン商会にとって大切な存在であるベイル家のお嬢様が出向いてきて、養子を取ると言ってきた。バートン商会に何かしようとしているなら、この事はかなり重要だ」
「使用人の秘密の恋人が敵だとしたら、使用人から世間話的にその事を聞くかもしれませんね」
「敵はエルのことをただのか弱いお嬢様だと思っている。だから、今まで放っておいたんだろう。だが、今日からはオレがいる」
「自分を囮に使ったということですか?」
「こっちが動けば相手も動く。もうすぐ何かをしようとしている虫は、今は邪魔されたくないはずだ」
タイジュは膨大な情報から、もうすぐ何かが起こることを予見していた。
「そうですか。では、戦闘準備をしておきます。何があってもいいように、ね」
フフフっと不敵に笑うエル。
溜まったフラストレーションを戦闘で晴らそうとしているに違いないのだった。