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5話 商会

 

 ザガランティア王国の王都でも1番立地の良い場所に、バートン商会の本店はあった。王都から少し離れた静かな森の中にあるバートンの屋敷から行くには、時間がかかる。出掛ける前に伝令鳥を飛ばしたタイジュは、エルと共に馬車で向かった。




「これはこれは、ベイル家のエルお嬢様。よくお越しくださいました」


 本店に着くと、7年前から店主をしている男が出迎えてくれる。バートンの本名は、バートン・ベイル。エルは、ベイル家の正式な後継者なのだ。


「滅多にこちらへ来ないエルお嬢様が来るなんて、何かありましたか?」


 ベイル家の後継者としてのエルは35歳。お嬢様という歳ではないが、ベイル家の娘はお嬢様と呼ばれていた。伝令鳥での連絡はきちんと店主に伝わったようだ。応接室にはエルの好きな茶菓子が用意してあった。


 現店主は、13歳からバートン商会で真面目に働いている。一癖あるが、信頼できる男だとエルは評価していた。


「今日は、報告があって来ました。タイジュ、こちらへ」


 ベイル家のお嬢様に変装したエルが、タイジュを男に紹介する。


「タイジュは、バートンおじいさまに(ゆかり)ある者です。わたくしは彼を養子にすることにしました。今後、帳簿はタイジュも確認しますので」


「そっ、そうですか。いつもエルお嬢様には、貴重な意見をいただいて、ありがたく思っています。ですが…」

 エルの唐突な報告に驚きながらも、男はチラリとタイジュを見る。値踏みしているような視線だ。

「エルお嬢様が決めたことなら間違いないと思いますが、タイジュ様にはまだ早いのでは?」


 男はタイジュの容姿を見て判断しているようだ。ベイル家の者として恥ずかしくない服に着替えたが、タイジュは黒髪黒目の普通の少年。男が不安に思うのも当然だ。


「大丈夫ですよ。ベイル家の力を使って調べましたが、不審なところはありません。タイジュは東の大国にある商家で見習いをしていたので、知識もありますよ」


 エルは打ち合わせどおりの話をする。タイジュは東の大国の貴族の子息という設定だ。東の大国では、後継ぎ以外の男子は商家で見習いをすることが普通だった。


「東の大国ですか。では、タイジュ様は貴族のご子息…」


 バートン商会の代々の店主が、ただのお嬢様に帳簿を見せているのには、理由があった。ベイル家には様々な情報を集める力があったからだ。ベイル家の情報によって、何度も店の危機を回避できたことを知っている店主は、エルを信頼している。


「ですが…。バートン様とは一体どういう関係なのですか?」


 男はタイジュの身元をまだ不審に思っている。そんな男に、タイジュは手を差しだし指輪を見せる。


「これは!バートン様の指輪!その指輪はバートン様からの信頼の証…」

 男は自分の右手を見る。

「店主となる者が代々受け継いでいる、この指輪と同じ…」


「この指輪を持っているということが、何よりの(あかし)です。これは特別なもの。複製は不可能です。それに、わたくしの屋敷で試してみましたが、タイジュの知識は本物でした」


「なるほど…」


 タイジュを見る男の表情が少し変化した。


「それと、北の獣人種たちに不審な動きがあります。北側のルートは避けるようにしてくださいね。貴方ならとっくにご存知だと思いますが」


「はい。いくつかの部族に動きがあるのはこちらでも確認できています。荷運びに支障が出ると困るので気をつけていましたが…。また部族間の戦闘ですか?」


「いえ、今回はヒト種と獣人種の争いになりそうです。タイジュが気付いてくれました」


「タイジュ様が?」


 男がタイジュを見る。


「隣国タレースは、一年ほど前から北に大量に武器を送っている。そして数ヶ月前、白兎はくと族が東に移動を始め、牙狼がろう族は代替わりした。そこから導き出されることは───」


 タイジュの言葉を最後まで聞かなくても、男にはタイジュが何を言いたいのかが理解できた。


「たしか…。白兎族は争いになる前に住まいを移す部族で、牙狼族は部族の存続をかけた戦いの前に族長交代するのが習わしでしたね。隣国のタレース王国は、獣人種を蔑視し、北の国境付近ではかなり残虐なこともしている。ということは…。隣国タレースと獣人種の間で大きな戦闘が起こると?」


「さすがバートン商会の店主。獣人種にも詳しいな。ちなみに今回動いているのは牙狼族だけではない。普段は協力しない複数の部族が共闘するようだ」


「獣人種たちは部族に誇りを持っている。共闘することなど、あり得ないはず…。いや、今回はそれほどの戦いになるということですか」


 タイジュの話し方は、尊大だ。しかし、男のことを馬鹿にしたような態度はない。タイジュの独特な雰囲気に何かを感じた男の表情が、また変化した。


「タイジュ様、ご忠告ありがとうございます」


 男が深々と頭を下げる。タイジュをベイル家の次期当主だと認識したようだ。


「ついでに虫退治もするつもりだから、よろしく」


 男はハッとした顔になるが、すぐに真剣な表情になる。そして、「エルお嬢様、素晴らしい後継者を見つけられましたね」と賛辞を贈る。


「貴方も納得してくれたようで安心しました。バートン商会とベイル家は表裏一体。バートン商会が出来ないことは、ベイル家が実行する。ベイル家が出来ないことは、バートン商会が実行する。だから、バートン商会はここまで続いてきたのです」


「では今回は、バートン商会の代わりに虫を退治していただけると?」


 男の問いに明確な返事をすることなく、エルは言葉を続ける。


「わたくしは貴方を信頼しております。ですから貴方もタイジュを信頼してくださいね。このバートン商会を守るために」


 エルの言葉を誰よりも理解している男は、静かに頷いた。




 エルはその後、店の皆にタイジュを紹介した。たまにしか店に来ないが、店の使用人全員の名前を覚えているエルは、皆に好かれている。使用人たちはエルに心を許しているようで、エルの質問にはどんなことでも教えてくれた。


 タイジュとエルは、(あきな)いで外出している数名を除いて、バートン商会で働くすべての者に会って話をした。そして、日が暮れる前に店を出る。


「目当ての者に会えなくて残念でしたね」


 そうつぶやくエルと共に、タイジュは馬車に乗り込んだ。



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