4話 屋敷
小屋の扉を開けると、中には何もなかった。それどころか埃がたまって、粗末な小屋がさらにボロく見える。
(オレの記憶によると、ここはあの場所だ。なのに手入れされていない?おかしいな…)
不思議に思いながらも、部屋の角の床板をはずす。
(たしかここに、地下へと降りる隠し扉があるはず…。おっ、あったぞ)
タイジュは記憶をたどり、地下へと降りる。梯子を使って降りた先には、精密な彫りが施された重厚な石造りの扉があった。大人が一人通れるくらいの幅と高さだ。
石造りの扉は開けるのにも力が必要そうに見えるが、タイジュがふれるとすぐに開いた。
その先は狭い個室だった。しかしこの場所こそ、タイジュにとって一番重要な場所である。壁一面には書物がぎっしりと詰め込まれ、机の上には手紙や書類が散乱している。
(この場所も荒れてんな…。アイツは何してるんだ?)
『そうね。あの子にしては珍しいわね。いつもきっちりしてるのに…』
(とりあえず、オレが居なかった16年分を取り戻すぞ)
タイジュは散乱しているものを片っ端から読みはじめる。
(へぇ、帝国はいま混乱中か…。王と王弟が権力争いね。西の王国では第1王子が失踪?北の獣人種たちも争いが絶えない…。オレがいない間にも、世界はますます混乱してるな)
タイジュは一心不乱に情報を取り込んだ。
タイジュが秘密の小部屋に入ってから数時間経った頃、部屋にひとつしかない扉が開く。
「マスター!!!」
入ってきたのは、長い黒髪が特徴的な長身の美女だった。
「よぉ、元気だったか?」
タイジュは読んでいた書類から目を離して、美女を見る。
「『元気だったか?』って何ですか!私がどんなに心配したか!」
「まあまあ、そんなに怒るなよ。仕方ないだろ?異世界の穴に落ちたんだから。それにしても、よくここにいるって分かったな。エル」
エルと呼ばれた美女は、涙ぐみながら話す。
「ソラから連絡をもらったのです。あなたがここに戻ってきたと…。良かったです。もう2度と会えないかと……」
エルはセシルの従者だ。セシルが精霊王の姫だった頃から、セシルに仕えていた。年齢は200歳を越えている。
エレメンテには、ヒト種、獣人種、妖精種、精霊種が住んでいる。精霊種はこの世界の種族の中で最も長命で、エルはその精霊種なのだ。
「悪かったよ。オレが居ない間にいろいろあったようだな」
「はい。マスターが見つからないので、私も混乱してしまい…。いろいろ想定と違うことになっています。すみません…」
「エルが謝る必要はないさ。オレの落ち度だ。それより、バートンの店に虫が入り込んだな?」
「なぜそれを?」
エルは驚くが、すぐに理解する。
「ここにある大量の情報から推測したのですね…。さすがマスター」
「エルがまめに情報を集めてくれてたから、分かったんだよ」
「すみません、私の不手際です…」
エルが悔しそうに言う。そんなエルを見つめたタイジュは、手にした書類を置く。
(ここの書類は読み終えた。オレが居ない間のことをエルはひどく気にしている。心配事を無くしておくのが、主人の役目だよな)
タイジュは立ち上がり、エルを見て笑う。
「じゃ、まずは虫退治に行くとしようか!」
そう言うと、扉へと向かった。
タイジュの言葉に、エルは驚いたようにタイジュを凝視する。が、すぐに笑顔になって返事をした。
「はい!マスター!」
◇◆◇◆◇
バートン商会は、西の王国ザガランティアにあった。ザガランティアは王国だが、周りの国に比べると小国だ。しかし商業に力を入れていたので、物流の基点としてかなり発展していた。武力ではなく、経済の力で国を守っていたのである。バートンはその事を気に入っていたこともあり、この国の店を本店としていた。
バートンが死んだ後、本店は、右腕として商会に勤めていた男が引き継いだ。この時代の店は、血縁が引き継ぐのが普通だが、バートンはそうしなかった。
しかし遺言に、こう書き記していた。
『自分が死んだ後は、店を皆に任せる。ただし、一人娘のジェシカに年に一回必ず帳簿を見せるように。そして、何か困ったことがあったら、ジェシカに相談するように』と。
バートンは、使用人(店で働く者)を家族のように大事にしていた。働きたいと願う者には教育を受けさせ、独立したいと願う者には新しい店を用意した。店にとって最も重要なのは、使用人だと考えていたからだ。
バートンには不思議なカリスマがあった。使用人たちは、待遇の良さと主人のカリスマにより、熱心に働いた。それが、バートン商会の発展を支えていたのだ。
バートンに恩義があり、バートンを深く信頼していた使用人たちは、その遺言をしっかり守っていた。そしてそれは、バートンを実際には知らない使用人だけになっても続いていた。
タイジュは、資料を見ていた小部屋をエルと共に出ると、石の扉を閉める。そして石の模様に触れながら、再び扉を開けると今度は違う景色が広がっていた。どこかの屋敷の地下のようだ。タイジュは慣れた様子で移動しながら、エルに問いかける。
「ジェシカが死んだのは20年前。ジェシカには子供がいなかったから、その後はエルが変装してジェシカの養女となり、帳簿を見ていたな。オレが居なかった16年の間に何があった?」
「はい。バートン様が亡くなった後は、ジェシカお嬢様の従者として、この屋敷に残りました。その後、ドゥグル様にお仕えしながら、お嬢様の従者も続けておりました」
ここはバートンが住んでいた屋敷だ。秘密の小部屋とこの屋敷は、不思議な石の扉で繋がっているのだ。
「ドゥグルは、秘密主義のドワーフの一族。エルが付き従える状況ではなかったからな」
タイジュは誰も居ない屋敷の中を、ある部屋を目指して歩く。それに付き従うエル。
「バートン様の時は、秘書として常に一緒にいることができましたが、ドゥグル様の時はそれが叶わず、仕方なくお嬢様のところで、陰ながらバートン商会を見守っておりました。帳簿をドゥグル様に見せて指示をあおぎ、それをうまくバートン商会に伝える。それにより、バートン商会はますます発展しました」
「バートンの親がはじめた小さな店は、この100年で大きくなった。他国にも支店を置くほどにな」
目的の部屋を見付けたタイジュは、部屋に入り、置いてある豪華な椅子に座る。
(ここは、変わってないな。あの壁のジェシカの肖像画も。この椅子も机も…)
「ドゥグル様が亡くなった後、しばらくはマスターの残した指示通りにしていましたので、店は順調でした。店の帳簿に不審なところが見受けられるようになったのは、5年ほど前からです。しかし、わたくしはマスターを探すことを優先しましたので…」
「その帳簿なら、オレも見たよ。5年前から隣国との取引が徐々に増えて、売り上げが伸びている。普通に考えたら売り上げが伸びるのはいいことなんだが、隣国の特定の貴族にカネが集まっているようだ。これは、イヤな予感がする」
「はい。わたくしもそう思います。何者かの意図を感じます。決定的な何かがあれば対抗したのですが、5年間、特に動きがなく…。それに何度も言いますけど、わたくしにとっては、マスターを探す方が優先ですから!」
行方不明になったタイジュが悪いのだ、というような視線を送ってくるエルを、まぁまぁとなだめ、タイジュは思案する。
(たしかに売り上げは伸びてる。───が。あの情報が確かなら、そろそろ動きがあるかもしれない…)
『5年前といえば、下流貴族の三男が見習いとしてバートン商会に入ってきたと資料に書いてあったわね。その貴族は、隣国の有力な貴族に取り入ろうとしているって噂があるわよ』
(単純に考えたらその男があやしいけど、どうだろうな。まあ、まずは店を見に行こうぜ!)
バートンの私室で目当ての物を見つけたタイジュは、バートン商会の本店に向かうことにした。